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Profile: 樋口真一郎(ひぐち しんいちろう)29歳

1974年 博多生まれ
1998年 社会学部卒業
卒業後上京し、お笑い芸人コンビ「髭男爵」としてデビュー。(列記としたお笑い事務所に所属しています。)
現在はフォーミュラニッポン、東スポ「東スポ的人体実験」などでレギュラーとして活躍中。


好きな言葉:
武士は食わねど高楊枝
動物占い:ペガサス
今欲しいもの:お嫁さん




皆様にお知らせ:
今回よりKG★Dream読者の皆様方にメール等で頂きましたアドバイスを元に上記感情グラフに一味つけ加える事になりました。「A few words of Dream & Power」と題して、あなたに衝撃を与えた、または夢や力を与えた他人の言葉を毎回お聞きしたいと思っています。誰かに投げかけられたちょっとした一言が、意外な力となって自分でもはっとしたこと、皆様はないでしょうか?そんな不思議な夢や力を秘めた一言もご本人のエピソードとともにご紹介致します。


…KG編集部
…ゲストOB、OG

A:早速ですが、今回から付け加わりました"心に残る一言"をお聞かせ下さい。

B:はい。まだ大学1回生の冬でしたが、1995年1月17日に阪神大震災に被災し、下宿していた西北口中前田町のアパートが半壊しました。僕の下宿の建物が平行四辺形の形に歪んでいました。周りの住宅はほぼ全壊でしたね。中には亡くなられた方もいました。激しい揺れの中「今、僕は死ぬんだ…」という言葉が脳裏に浮かび、生まれて初めて死を間近に感じました。今だからこんなに穏やかに話ができますけど、西宮でも特に被害が大きい地域に住んでいたので、連絡が取れない僕を心配して必死に探しに来てくれた友人もいて、ほぼ全壊のアパートを見て泣き崩れたそうです。そういう友達がいてくれたこと嬉しかったですね。

A:そうでしたか・・・大変な思いをされたのですね。(編集部メンバー沈黙)

B:いやっ…でも……実は……その時僕は避難所の学校の第2理科室で女の子達に囲まれてUNOしてたんですよね…。「俺、生きてるぞぉ!!」って。まあ今だからこう笑って言えますけど…本当に怖い体験をしました。その時「今死んでしまう!そんなんやったら、今、僕は何をすべきなのか。」の一言が自然と自分の中にありました。他人に言われた一言ではないのですが、これが僕の心に残る一言、そしてその後の生き方を変えた一言でもあります。

A:では、入学後についてお話し下さい。

B:えっ?もう?入学後?高校時代はいいの?

A:え?じゃぁ…高校からお話しください。(笑)

B:僕、高校で1年留年してるんです。博多の進学校でした。それまでは僕もかなりいい成績を取っていたのですが、高校ではいくら頑張っても優秀な学生ばかりですから、そう簡単には勝てないわけですよ。それなら野球で勝とう!と思い、部活動に力を入れました。でもそんな努力も報われず赤点、留年。進学校でしたから、留年する生徒なんていなかったらしいですが、僕がその留年第1号になってしまいました。学校創立以来の出来事だったらしいです。思春期の頃ですから年下にはため口を聞かれて…最悪でした。今はお笑い芸人なんて言ってこんなに話してますけど、高校時代の3年間は一切口聞かずに過ごしました。

A:えぇ?!今のお仕事からは想像がつかないですね。しゃべらないなんて…。では、大学入学後はどのような活動をされていたのですか?

B:夢を抱きながら大学へ入学し、絶対楽しむぞ!という気持ちが一杯でしたが、前述したとおり、大学入学後に阪神大震災があり実家の博多に一時期帰っていました。その後状況が落ち着いてきた頃に関西に戻ってきました。ちょうど2回生ぐらいだと思いますが、その頃から「髭男爵」という名前で学園祭でお笑いライブなどの色々なお笑い活動を始めました。4回生の時は芸能事務所をまわってネタを見せたり、コンテストに参加したり。コンテストで2位を取ったこともありました。その流れで東京のテレビ番組にアマチュア芸人として出演するようになりました。それが現在の仕事の先駆けでだと言えますね。また、お笑い活動以外に夢中だったのは旅行です。大学で初めて行った海外旅行はインド・タイです。日本のとはかけ離れた衛生環境に苦しんだ僕は、皆様もご想像がつくと思いますが・・・。体調を崩して大変辛かったです。

A:大学卒業後は一般企業に一度就職されていますが・・・。

B:そうなんです。当初から僕の人生目標は「モテること」だったわけです。もちろん今もそうです。女性下着メーカーから内定をもらって一度就職した理由もこの会社に勤めれば女性にもてるかもしれない、という浅はかな動機からでした。(笑)単純でしょ。

A:でも、それもお笑いタレントとしては、ある意味重要な素質かもしれないですね。

B:ただ、ちょうど僕が卒業する頃「髭男爵」のメンバーの1人が東京でお笑いタレントを目指すと言い出して上京していました。その時自分の中でも何かが動いたんです。このままで満足なのか、この企業でサラリーマンをすることが僕の1番やりたいことなのかと自問自答しました。

A:会社の方にはどう伝えたのですか?

B:就職してから1週間後に人事部へ行き、辞職することを伝えましたので、えらく怒られました。でも1度そう思い出したら絶対に譲れない性格が僕でしたから。

A:それからすぐに上京されたのですか?

B:いいえ。半年間は関西でお笑い活動をしていました。でも僕も勝負をしようという気持ちが大きくなってきたので、かつての相方を頼りに上京しました。当時の彼女には突然東京に行くと伝えたので、納得がいかないのも当然で、最後には「私は絶対にあんたの応援なんてしないからっ!!」と捨て台詞を頂きました。(笑)でも、やはりお笑いタレントとして有名になり観客を笑わせたいという夢はあきらめられなかったですから。

A:彼女は強がりを言っただけですよ。きっと。今も応援してるんじゃないですか?

■ 鳴かず飛ばずの2年間を乗越えて

B:東京では、かつての相方と、昔の知合いを迎えて3人でコンビを組みデビューしましたが、一向に仕事がなくてライブさえも出れませんでした。今思えば一番辛い時期でしたね。仕事がないとやはりメンバー間の仲がギクシャクしてきて、喧嘩の日々が続きました。結局、かつての相方とはチームを解消し、今の相方(ぴゅあぞ〜さん)と2000年1月1日に新コンビを結成することになりました。新コンビを組んでからも、しばらくは停滞気味でしたが、不思議なことにボケと突っ込み役を全く逆に入れ替えたら、徐々に上手くいくようになり、仕事も楽しくなってきました。最近ではお互いにソロ活動も増えてきましたし、仕事も増えつつあります。

■ 樋口さんのDREAM

A:では、樋口さんの夢をお聞かせください。

B:まだお笑い芸人だけでは生活していけないので、深夜のコンビニでアルバイトをしています。本業の芸人活動だけで稼げるようになるのが当面の夢ですね。10年後の夢とか、5年後の夢とかまで、まだ描けないのが本当のところでしょうか。今はとにかく必死に頑張っているのですが、一つ言えるのは、もし今よりいい仕事をしていない将来の自分がいるとしたら、芸人は辞めるつもりです。これぐらいの覚悟でやらないとダメだと思っています。

【お知らせ掲示板】


東京スポーツ新聞(東スポ)毎週木曜日「東スポ的人体実験」および
FM TOKYO"フォーミュラニッポン"にレギュラー出演
ライブでのネタ/コント、イベントにおけるMCなど、各種イベント盛り上げ役をお探しの際は、是非「髭男爵」までご連絡ください。必ず美味しい笑いをお届けいたします。

【編集後記】

OLとして生活している私達には、樋口さんのような生き方はとても勇気のいることにました。今はまだ芸人として暗中模索のようですが、きっといつか大舞台でご活躍されることを期待しています。今を生きる!という生きることに対する真剣な意気込みをいつまでも持っていただきたいですね。

感想、メッセージ、アドバイスをどうぞ。

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