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健康生き生き

vol.7
自殺を避ける術

うつ病の早期治療で悲劇を防ぐ

 私が毎日通っている東京都中央区築地の聖路加国際病院の一角に、芥川 龍之介の生誕の記念碑が建っている。出生は明治25年3月であるが、昭和2年の7月24日に睡眠薬を飲んで自殺し、枕の下には聖書が置いてあったという。

 この命日が河童忌といわれているのは、死亡した年に書かれた風刺小説 『河童』に、作者の当面していた生きる苦悩がそのままの形で出ているためだといわれている。35歳の死であり、死の5年前から神経衰弱、不眠、胃腸病で療養していたといわれるが、いまの医学から推察すると、うつ病、 あるいは、“心身症”だったかもしれない。

 6月13日は太宰治が39歳で多摩川上水に愛人と入水心中した日だが、 彼は肺結核と不眠を病み、遺書には「小説を書くのがいやになったからだ」とあったという。彼の死後40年もたっているが、「人間的な傷つきやすさと敏感さ」が今日の若者の心をとらえ、桜桃忌には三鷹の禅林寺の墓前は若者であふれるという。『桜桃』は死亡直前の短編である。

 感性の高い作家には、悩みが一段と強いのかもしれないが、年配の作家の中で自殺した川端康成(死亡73歳)も長い間不眠に悩まされたが、このノーベル文学賞受賞作家の睡眠薬による自殺は、うつ病ではなかったという説もある。

 昭和63年に亡くなった田宮虎彦は、戦前私の学んだ京都の第3高等学校の出身で、私の1つ下の学年だったが、彼は76歳で東京・青山のマンションから飛び降り自殺した。田宮氏は死亡の32年前、44歳のとき、愛妻をガンで亡くされ、以来独り暮らしをつづけた。妻へのあきらめられぬ 思い出を『愛のか たみ』として昭和32年に出版した。老いた心の中には、死んでから妻に会いたいという気持がいっぱいだったようである。老いて脳こうそく梗塞を病んで入院し、以来小説が書けなくなったと悲しみ、友人の鈴木悌一さんへの遺書には「手がしびれてきた。病気が再発したらしい。鈴木さん、先立つことを許して下さい」とあったという。

 若い人の病的自殺の主な原因は、うつ病またはうつ状態である。昔は神経衰弱 とも呼んだ。しかし、老人には案外とうつ病が多く、仮面うつ病といって外には からだの症状が出て、精神症状が目立たないものもある。朝なかなか起きにくく、 気分がふさぎ、不眠がつづくという人は、ぜひ専門医の診察を受けられることを すすめる。

 うつ病になると、能力のある人でも自信をまったく失ってしまい、行きる気力 をなくする。作家などでは原稿が書けなくなることは、その人の致命傷を与える。  平成4年度の自殺者は2万639人で、戦前最高だった61年より5000人余 り減っているが、死因の第7位を占めており、高齢になるに従ってその割合はふえ ている。(『国民衛生の動向』1993年)。

 その原因の1つは、豊かさの中での老人の生きにくい世相、もう1つは、うつ病 または仮面うつ病にかかり、その上に生活上のストレスが加わり、自殺に至るということである。

 このうつ病は診断さえ早めにつけば坑うつ剤で治療できることを、若い人も老人も知ってほしい。

聖路加国際病院理事長(関西学院旧制中学部卒)
日野原重明著「いのちの器」より



 

 

 





 
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