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vol.24
義務教育と生涯学習

義務教育と生涯学習
 日本には寺子屋式やその他の私塾が明治以前からあったが、明治5年(1872)に日本最初の学校制度を定めた法規が公布された。これは欧米の学制を参校に起草されたものである。
 私は十数年前、北海道の無医村に夏期休暇を利用して出かけたことがあったが、その僻地の小学校が百年の歴史をもっていることを知り、明治維新の若い政治家の革新的な行政に驚いたことがある。
 第二次世界大戦前の日本義務教育は八年の初等教育であったが、戦後の改正で、六年の小学校と三年の中学校、通して九年の義務教育となった。
 平成五年には中学を出たものが高等学校へ進学する率は96%を超え、また短大や大学への進学率も34.5%に達している。
 これは先進国の中でも優位だと思うが、高等教育を受けた者が多いというだけでは自慢にならないと思う。米国その他の先進国では、外国からの難民や移民を数多く受け入れているので、それらの国では、日本のように国民の教育レベルを一様に高めて進学率の高さを誇るということはできない。
 問題は学校を出たからといって、それを誇りとするのではなく、学問が身についているかどうかである。日本の大学生の中には、在学しているのは名前だけで、試験は友人のノートのコピーで一応受けてパスし、在学期間の大部分や勉学より遊びや遊びのための小遣いや旅費かせぎのアルバイトの時間の方がはるかに多い学生が多い。入学試験さえパスすれば、大学はトコロテンのように押し出されて卒業だけはさせてもらえる学生数が日本にはあまりにも多い。米国では大学生の勉学は日本よりも評価が厳しいようである。これは日米の大学間の大きな差である。
 日本の大学では知識を授けるという点が重要視されるが、大学教育はもともと広い教養とともに将来専門領域の勉強を続けていくための学習方式を学び、学習行動を習慣づける場であるはずである。したがって大学では量多く学ばなくても、学習の方法を身に付けることが大切である。大学は学問を教えるところだと理解する人が多いが、学問することを英語ではlearning(学習)といっている。
 ここで学んだ学習の心と態度、習慣が生涯続けられてこそ、はじめて大学の意義が生じる。大学をでなくても、義務教育の中卒であっても、その人が社会に出、家庭に入ってから自己学習を続けることができれば、その人は在学中よりももっと充実して成長するのである。
 今や夫婦の間に生れる子どもは平均1.53人という低い数を示し、交通機関や家庭電気器具の進歩、料理の省力化、食品貯蔵の簡素化、外食などのおかげで家庭の主婦には時間が過剰なほど与えられている。サラリーマンも次第に週五日制となり、定年後の年金生活では男も女も時間があり余ってくる。
 子どものある主婦も、病人や不自由な老人を家にかかえることさえなければ自分で使える自由な時間が十分すぎるほど与えられている。このような時代を見通して、政府は文部省に生涯学習局を設置させた。これは臨教審の強力な提言による成果である。
 何を、どう生涯を通して学ぶか、老いてから何を学び始めるのか。生き方のデザインがすべての人に許される時代を迎えて、この生涯学習の内容の選択こそは人間の生き方の選択にもなるのだと思う。









 
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