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健康生き生き

vol.28

小児科志願急減

大井 玄

 臨床医学の話題がしばらく続きました。私は社会医学徒でもあるので、日本の医療全般についてすこし私の感想を書いてみたいと思います。社会医学の一つの使命は、その社会で、ひろく健康に関する問題がどのように展開していくかを考えるものです。
 さて小児科志願の医師が急激に減りつつあるという新聞記事(朝日2月27日朝刊)を読まれたでしょうか。それによれば、2004年度に導入された臨床研修制度の一期生が今年4月から大学病院などに勤務するのです。ところが小児科では、3年前つまり同制度導入前の55%に激減するのです。実数でいうと’03年の502人から276人へと減少し、もともとの小児科志望を研修中に他科に変えた人は223人いたのに、他科志望から小児科に変えたのは70人にとどまりました。減少の理由はまだはっきりしないのですが、研修中に小児科医療が激務であることがわかったため嫌われたなどの推測があります。
 小児科医減少は一時的現象でしょうか。それとも今後長期間の傾向を示しているのでしょうか。この問題を緒として、社会医学の立場から日本の医療について考えてみましょう。私には、今回の小児科医減少という現象は長期の傾向を示す可能性が大きいように思います。その理由のいくつかを、昨年11月14日付け読売新聞の「論点」に書いた私の論文で指摘しております。すこし論調が堅いのですが、お許しください。

医療サービス:消費者主義導入は不適
 医療サービスへの期待が混乱している。その核心は、医療サービスは乏しい資源を皆で平等に利用すべき「公共財」か、市場が評価する「通常財」(物、サービス)かである。西欧諸国や日本は前者、米国は後者の立場を採ってきた。しかし英国はサッチャー政権以来、競争原理や民間企業の手法を導入した。本年5月、英国で最も権威ある医学雑誌ランセットの社説(365巻1515)は、その試みの結果を物語る。
 「労働党、保守党、自由民主党の政治家すべてが、医療サービス改善を妨げる唯一最重要な要因への対応に失敗した。その要因とは、医師の破局的士気低下である。NHS(国民医療保健制度)の全レベルで、医師は全く勤労意欲を喪失している」
 NHSの医療効率の低さは久しく国際的に注目されてきた。入院待ち患者が百万人を超え、入院までの平均待ち日数4ヶ月、数万人が外科手術を一年以上待つなどである。だがこの有様でも同国の医療は平等という「正義」が実現されているため、世界保健機構(WHO)は、6人に1人医療保険のない米国よりも上位と評価する。米国の医療の技術は高いが、正義に欠けるため倫理的評価は低い。
 ランセットの社説は日本人の多くを驚かせよう。まず政治家が効果的医療追求のため「患者中心主義」を唱えるのは戦略的誤りだと言う。例えば労働党は「医療改革を支える原理は患者を舞台中心に置くことだ」と説く。だがそれは、医療サービスに消費者主義が適用されるとする間違いだと言う。なぜか。
 まず、医療サービスに市場経済原理は適用できない。市場は、消費者の平等で十分な情報入手を前提に、競争するゲームだ。だが医療でこの前提が成立した事例はない。実際、情報へのアクセスは恐ろしく不平等だ。また医療はゲームでなく公共財なので、競争を持ちこめない。医療サービスはまず「平等」であるべきだ。さらに患者は消費者ではなく患者だ、という主張である。
 以上は衝撃的に聞えるかも知れない。だがランセットの主張は妥当で、日本は英国と同じ道を歩みつつあると私は思う。
 例えば標準的状況を考えよう。小児救急センターで医師が働く。彼は昼の仕事に加え、一夜に50〜60人の子どもを不眠不休で診るため、36時間勤務が通常だ。入院する子は100人に1人か2人にすぎないが、不安な保護者はしかるべき説明(情報)を要求してやまない(市場では当然な行為)。医師は懸命だが、対応には時間が要る。待ち時間は次第に延びる。しかし保護者は納得いく説明を受けるのは当然(消費者の権利)と思う。しびれを切らした父親はついに怒鳴る。「お前!2時間待たせやがって!」
 彼は消費者の当然な抗議行動だと思うかも知れない。しかし彼は知らない。小児科救急は「志」の行為であり、営利事業ではないことを。小児科を生涯の天職にしよう、苛酷な重労働でも誇りと生甲斐があると信じていた若い医師が、彼の一言で小児科を断念したのを。センターの翌月のやりくりが立たなくなったのを。小児科救急医療がこうして崩壊しつつあることを。
 医療正義の維持は、重いみこしをかつぐに似る。各人は「忍耐」が求められる。自分が楽をする権利があると錯覚した時、みこしは土に墜ち、崩壊する。

 いかがでしょうか。キーワードの一つは医師の「志」というものですが、次回これについて述べたいと思います。



 

 

 





 
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