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健康生き生き

vol.31

医療と消費者主義(1)

大井 玄

 最近『患者さま』という呼び方を聞くようになりました。大病院の院長がそう言っているのを聞いたことがあります。それは『お客さま』という呼称と同じですので、医療機関はデパートなどと同様なサービス業に徹しようとしているのかという印象を与えます。しかし評判のいい病院にいくと相変わらず外来は混んでいて、『三時間待って三分診療』という状態は変わっていません。そんな呼称は患者をからかっているものだ、と憤慨する向きもあります。
 『患者中心主義』だとか『患者さま』とか言う言葉を聞くと、医療はサービス業としてもっと努力すべきである、と考えるのはまことに無理からぬ心理です。しかし医療は、医療関係者がたとえ最善を尽くしても、市場経済で言われているようなサービス業には成りえないことを述べましょう。
 『医療サービス』が通常のサービスと本質的に違うのは、第一に、患者は通常のお客ではないという点にあります。つまり、通常の市場経済では、お客(消費者)は売り手の提供するものやサービスについて十分知識を仕入れて自分の気に入るサービスを買います。また気に入ったサービスでもそれを買うだけのお金がなければ我慢する。
 ところが、病気になったときはそうは行きません。お客はサービスを買えないときは『お客』ではなくなりますが、患者はたとえ支払能力がなくても『患者』であることを止められません。市場経済では、消費者はサービスを買えなくとも次にまた買う機会があるという前提があります。つまりサービスを買えずとも、重態になったり、死んだりすることを想定しておりません。したがって医療サービスは、消費者の購買意欲をそそって利益を上げるのではなく、生老病死という必然の事態に対する社会の対応なのです。
 第二に、社会は医療需要にすべて応ずるだけの資源を持っていません。したがって医療資源は皆が大切に使うべき『公共財』です。とすると医療サービス業の従事者は、不足しがちな医療資源をいかに公平に、効率よく、そしてそれを必要とする誰にでもサービスが届くよう努力する責任が生じてまいります。そこも利益を目的とする『通常財』を扱うサービス業とはまったく違います。
 公平は正義の一種ですが、アリストテレスの定義によりますと、『同じ者には同じく対応し、同じでない者に対しては同じでない度合いに応じて同じでなく対応する』と言います。この医療倫理原則は実際に実行されていることで、たとえば緊急措置の必要な患者はそうでない患者を差し置いて医療が開始されます。
 公平の原則は、医療資源が医療サービスを受けたい人の数に比べて圧倒的に足りない場合には、その適用が極めて難しくなることがあります。たとえば、途上国で医師一人、看護士数人で数百人の患者が待ち構えているなどという情況は現実に存在します。極端な場合、医療者は生死与奪の権限を持つ『神』に似た役割を演じなければなりません.とすれば、軽症のものには最小の手当をすることになります。手当てをすれば命が助かる場合、手当てをきちんとする必要が生じます。そして手当が無効な者には、やはり手当は苦痛を和らげ、安心させることに努力が向けられましょう。この際どれほど医療資源を使えるかによって、命を救える患者の数は大きく変動します。ここでも、通常のサービスを買う意味での『お客様』は存在しません。
 実際には、公平の原則を守ることは途上国では困難であることが多いのです。たとえば、新松戸中央総合病院外科部長をしておられる熊沢健一氏は国際協力機構の顧問医として四十ほどの途上国で調査を行った際、救急車が病院に到着すると,医師や看護師ではなく先ず事務員が来て、患者の保険を確認するする国が多いことに驚きました。瀕死の状態でも、事務の許可がないかぎり救命措置は行いません。入院できてもお金がなければ薬も満足に使ってくれないのでした。
 先進国でも、「すべての国民が公平に医療を受けることができる」という正義原則が守られていない国が一国だけあります。それはアメリカです。先進国でこの国だけが医療サービスは市場経済の原理に任されています。病人は『お客さま』あるいは『患者さま』として消費者行動をとることが求められます。アメリカの医療費は日本では考えられないほど高いですからもちろん医療保険はあります。しかし保険に入っていない人が四千五百万人いますから、その人たちは病気になったら我慢するか救急外来に駆け込むしか手はありません。そして救急で受ける扱いは三時間待って三分診療などという生易しいものではありません。それは私自身がアメリカ大都市の救急外来で働いた経験からも言えるのです。
 アメリカでは「患者」を「クライエント」つまり「顧客」と呼んでいる。だから日本でもクライエントに対するように丁寧に患者に対応すべきだという生命倫理学者に逢ったことがあります。もちろん患者に対しては当然できるかぎり丁寧親切に対応すべきです。しかし、彼は医療費を払える人だけが「患者」になれる国と、患者であれば「患者」になれる国とを一緒にしているという印象を受けました。つまり、患者であれば平等に医療を受けることのできる国の医師に対して、金を持っている者のみが患者として医療を享受できる国の医療者対応の仕方をそのまま真似よというのはフェアではない様に思います。実際、アメリカでは金を気前よく払う患者には揉み手をするが、金を払えない患者には原則として顔を向けません。(続く)



 

 

 





 
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