4月の三日月会は、関西学院大学文学部ご卒業のトルコ研究者の野中恵子氏をお迎えして、「トルコで世界が分かる」というタイトルで、“世界の歴史とつながる十字路の地”トルコの長い歴史とキリスト教とイスラム教との関わり、地政学上の問題などを、多くの写真を交えてご講演をいただきました。  50名という多くの皆様にご参加いただき、ありがとうございました。 

【ご講演の内容】

   私たちが教科書で学んできた世界史やメディアでのトルコ像は、多分に西欧中心主義に基づき、再考されねばなりません。トルコは中東の国でイスラム教の国とされるが、それはこの100年のことに過ぎません。オスマン帝国はイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒が共存する普遍帝国でしたが、第一世界大戦の戦後処理の一環でギリシャとトルコの間で人口の宗教別純化政策がなされ、双方併せて150万人の人々が住民交換された結果です。今日までこの史実はあたかも無かったことのように忘却に追いやられ、これはその後の世界の在り方に大きな影響を与えました。キリスト教圏となったエーゲ海の西は元来が素晴らしく富めて文明的で、イスラム教圏となった東は元来が非先進的で打ち棄てられた地域だといわんばかりの著しく誤った認識が根付いたばかりか、今日では、だから難民の居場所にしてもよい、といわんばかりの秩序が出来上がっています(2016年トルコ・EU協定)。この現実の問題性を理解するために、トルコを知る必要があると考えます。 

・トルコ国家

   トルコ人は“中央アジアから来た遊牧民の子孫”だというのは現実を反映していない刷り込みであり、その民族性は極めて複雑かつ、改宗というデリケートな事情を直視せずに語ることはできない。国土はアジア側のアナトリア半島とヨーロッパ側のバルカン半島のわずかな東端部分からなり、古代からヒッタイト帝国、フリュギア・リディア王国、ローマ帝国(ビザンツ帝国)、オスマン帝国など様々な文明が栄えてきた。現在のトルコ共和国は1923年に建国された。 

・トルコの歴史

   トルコの歴史を知るには、古来様々な内外の勢力がアナトリアを踏み台にして東西南北の覇権を握ろうとし、結果オスマン帝国が崩壊した過程を振り返ることが重要である。紀元前4世紀前半マケドニアのアレクサンダー3世がギリシャを征服し、その後アナトリア、シリア、エジプトを大遠征してユーラシア大陸にまたがる大帝国を建設した。ヘレニズム時代の後半は共和政ローマの東方侵略の過程でもあり、全地中海世界の覇者となった帝政ローマは最終的な内戦を経てビザンティウムに遷都した後(コンスタンティノープル、現在のイスタンブール)、東西に再分割された。西ローマ帝国は476年に滅びるが、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)では451年のキリスト教公会議で始まったシリア人、アルメニア人らに対するキリスト教の異端迫害が、彼らと7世紀に興ったイスラム教徒との結託をもたらし、キリスト教による政治支配の自滅が始まる。11世紀にやってきた十字軍は聖地エルサレムに向かい、東地中海沿岸を占拠したが、このことが近代以降の西欧列強の地域に対する介入、ひいては今日のガザの惨状の遠因になっている。第4次十字軍はコンスタンティノープルを占領し、ビザンツ帝国を決定的な衰退へと導いた。東方に残ったローマ帝国は1453年、オスマン帝国のメフメト2世に征服され、1100年の歴史を終えたのである。

   教皇勢力との戦争の時代を経て、オスマン帝国は帝国化したロシアの南下、「インドへの道」確保をねらうイギリス、ナポレオンの登場で反動化したフランスの圧力にさらされる中、ギリシャ独立、エジプト反独立、クリミア戦争を経てさらに弱体化する中、西欧化による近代化を進めた。ドイツとの蜜月が始まり、列強はオスマン帝国を舞台に4つ巴の覇権争いを過熱化させ、オスマン帝国は第一次世界大戦にドイツについて参戦し敗北した結果、分離解体の危機にさらされた。1919年のパリ講和会議中に開始されたトルコ独立戦争が成就し、トルコ新政府は1922年オスマン帝国を廃止し、最後のスルタン・メフメト6世は英領マルタに亡命した。 

・キリスト教との関わり

   ローマの属州となっていたユダヤでのイエス磔刑後、イエスの弟子ペテロはトルコのハタイ県アンタクヤ市に逃れ、地元の人々にイエスの復活とイエスが救世主であることを説き、初めての信者を獲得した。その場所がアンタクヤ市内の洞窟で、聖ペテロ教会となった。それにより聖ペテロ教会は、キリスト教発祥の地と言われている。トルコ・メルシン県タルソス市生まれの使徒パウロによってキリスト教は現在のトルコ各地に広められ、トルコ以西にも広まっていった。しかしローマ・カトリック世界では、聖ペテロはローマに移送され、殉教先が聖ピエトロ寺院とされているため、キリスト教の成立はローマであるとされて今日にまでいたる。

   キリスト教は4世紀末ローマ帝国の国教となった。しかし451年三位一体にかんしローマ教会とコンスタンティノープル教会の説が正統とされ、異端とされたアンティオキア(現アンタクヤ)教会と聖マルコが布教したエジプトのアレキサンドリア教会に対する迫害が始まったが、1054年にローマ教会とコンスタンティノープル教会も分裂した。この間ビザンツ帝国はイスラム化が進んでおり、オスマン帝国が始まったことで、キリスト教はヨーロッパのものとされる考えが強くなっていき、現代には西欧中心史観とともに世界で固定化した。 

・現代のトルコが抱える問題

   トルコはギリシャ、ロシア、シリア、イラン、イラクなど多くの近隣諸国と陸上・海上で国境を接しており、国の安全保障維持には様々な困難があり、如何に付き合っていくかが問題である。NATOについては、トルコはNATO加盟を望んだため、朝鮮戦争にアメリカの次に多くの派兵をした。第二次世界大戦では中立を守っていたが、末期にアメリカからの武器援助協定を結び連合国側についた。国家が脆弱であり、西側についたことでマーシャル・プランとトルーマン・ドクトリンの恩恵を受けたが、一国でロシアとの長い国境の監視を求められたことは、社会情勢に大きな影響を及ぼした。

   EUについては、トルコはイスラム教の国であることから後から加盟を望んだと思われているが、1959年の段階でEC加盟申請を行い1963年に受理されている。トルコの加盟はヨーロッパにバランスをもたらすと考えられ受理されたのだろうが、冷戦後EUはキリスト教クラブとなり、トルコは現在まで加盟できていない。

   シリア内戦については、トルコはシリア国境の警備をロシアの協力なしに行なうことは困難であり、トルコがロシアに背を向けられない理由の一つとなっている。

   ロシア・ウクライナ戦争では、トルコはどちらの国とも歴史的・地理的に深い利害関係にあり、仲介役をすることは当然のことである。戦争勃発前にウクライナでのドローン製造を可能にする協定を結んでおり、今もウクライナへのドローン輸出は続いている。

   イスラエルのガザ攻撃については、トルコには多くのユダヤ人が残留したが、イスラエル独立を受けて多くが移住していった。トルコには伝統的にイスラエルとパイプを持って事業を行う経済人がいる一方、ハマスもトルコとパイプを持っているのも事実である。トルコはハマスをテロ組織と認めていない。

 このようにトルコは、世界の十字路に位置する地政学上の要衝性から、繁栄と共に歴史に翻弄されてきた国である。古代からずっと、ヨーロッパの諸国家が地中海の東方に利権を求めて接近し、関与し続けてきたことが、現在のトルコ及び中東地域の不安定な状況を生み出すに至っていることは、認識されなければならない。 

【あとがき】

 日本ではトルコについてあまり知られていません。今回のご講演で、その地政学上の位置により古代から、東西の文化、政治、宗教が重なり合った世界の十字路であることを知りました。皆様、トルコに興味を持たれたのではないでしょうか。戦争などでトルコの歴史的遺産が散逸し、今はその多くをイギリスの大英博物館などで見ることができるそうです。イギリスに行かれましたら大英博物館に足を運ばれては如何でしょうか。ご講演ありがとうございました。

【以下開催時のご案内の抜粋】

  三日月会4月度例会は、学生時代から「トルコ」の魅力と潜在性に着眼し、以後一貫して単独の徹底取材により、リベラルでフェアな観点からトルコの社会、政治、歴史、文化などを論じる著述発表を続けられ、現在「トルコ研究家、作家」として活躍されている野中恵子氏をお招きし、「トルコで世界がわかる」というタイトルで講演を賜ります。 現在のトルコといえば、中東イスラム圏の地域大国ですが、100年前までは欧亜三大陸を支配したオスマン帝国であり、中世までは西方の滅亡後も東方で存続したローマ(ビザンツ帝国)、古代にはペルシア戦争が生んだアレクサンダー帝国の要衝地だったという、3つの世界帝国の履歴を持ちます。

また、「キリスト教の成立・拡散・宗派分裂や、現在激化している中東の紛争の背景を知るカギも実はトルコ」と、長い時間幅に亘るその地政学的な重要性についても、新たな知見を持てる興味深い内容です。

是非多くの皆様のご参加を賜りますよう、ご案内申し上げます。

                                                                                     記

日時 :  2024年4月6日(土曜日) 14時30分~15時45分【14時開場】

場所 :  関西学院同窓会本部 銀座オフィス 東京都中央区銀座三丁目10-9  KEC銀座ビル7階

アクセス : 都営浅草線「東銀座」A-8出口徒歩1分銀座線・丸の内線・日比谷線「銀座」駅A-12徒歩3分

会費 :  1000円(小ペットボトルの飲み物を用意致します。)

講師 :  野中 恵子(のなか けいこ)氏

1988年関西学院大学文学部英米文学科卒業  ユースホステル部所属。

一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位修得退学。現在、慶應義塾大学非常勤講師・早稲田大学エクステンションセンター講師・朝日カルチャーセンター講師・NHKワールドニュース/トルコTRT(トルコ国営放送)同時通訳者・東京国際映画祭通訳者。

著書「史跡・都市を巡るトルコの歴史」 「ビザンツ、オスマン、そしてトルコへ:歴史がつなぐ社会と民族」「ドイツの中のトルコ:移民社会と証言」他

演 題: 「トルコで世界がわかる」