【ご講演の概要】

 三日月会10月度例会は、関西学院大学学院史編纂室専任主管池田裕子さんをお迎えして、5月に刊行された本『ベーツ宣教師の挑戦と応戦』の表と裏と題してご講演を賜わりました。池田さんの学院史についてのご講演は4回目になります。45名の方にご参加いただきました。ありがとうございました。

 スクールモットー「Mastery for Serviceの提唱者として知られるベーツ先生は学院で初めてのカナダ人宣教師でした。先生の(142回目)の誕生日である526日に刊行された『ベーツ宣教師の挑戦と応戦』は、前院長グルーベル先生が監修され、名誉教授の神田健次先生と池田さんが編集を担当されました。

 この本を中心に関学の歴史を振り返ると共に、翻訳のご苦労なども披露してくださいました。

 関西学院はアメリカ人宣教師がつくった学校ですが、その経営にカナダ人宣教師が加わったのが1910年です。日本とカナダの交流が始まったのが1928年ですので、それより前から学院と交流があったことになります。最初に来たカナダ人宣教師は二人いましたが、その一人がベーツ先生でした。先生は1912年初代高等学部長、1920年第4代院長、1932年初代学長を務められました。

 ベーツ先生には子供が4人、孫が12人いました。孫の一人アルマン・デメストラルさんがマギル大学の教授であったおかげで関学と協定を結ぶことができました。大阪で体育会OBによるデメストラルさんの歓迎会があった時、みんなですき焼きをいただきましたが、ベーツ先生はすき焼きがお好きで、子供だけでなく、孫にも作られていたようです。ベーツ先生の教え子で現在101歳の齊藤昭さんもその会に出席されていました。齊藤さんは徳島出身ですが、その頃試験に英語の面接があり、初めて見た外国人がベーツ先生だったそうです。

 この本の表紙はベーツ先生一家の写真です。家族全員が写っていること、ベーツ先生の手書きによる撮影年と場所が記されていること、撮られた場所が関学発祥の地、原田の森であることから選ばれたそうです。

 さて、本のタイトルの「挑戦と応戦」についてですが、1957年に書かれた「献身60年(These Sixty Years in Ministry)の中で述べています。

 「イギリスの歴史家アーノルド・トインビーは、著書『一歴史家の宗教観』の中で、私たちの宗教的、道徳的生活の方向と質を決定づける挑戦とその応戦に特徴づけられた歴史の宗教的見解について語っています。1902年は私にとって最大の挑戦の年でした。その挑戦は、これまで私の人生に応戦を求めてきました」

 その最大の挑戦とは、19021月、トロントのマッセイ・ホールで開催された学生ボランティア大会で中国伝道を決意したことです。ジョン・R・モットは「北中国は呼んでいる。ギャップを埋めよ」という電報を読み、義和団事件により250人の宣教師と250人の中国人信徒が殺されたことを知らせました。そして「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか」という預言者イザヤの言葉を使って、ホールの大観衆に挑戦したのでした。300人の男女がイザヤの献身の精神に応えました。その300人の中にベーツ先生もいました。しかし中国への任命を受けてすぐに日本に変更されたのです。

 先生には結婚の約束をした女性がいたのですが、その人に言わずに日本行きを決めたので、決意を手紙に書いて送りました。返事は「私も一緒に参ります。それだけが私の望みです。」とありました。「自分の挑戦にみごとに応戦してくれた」とベーツ先生は書いています。 190286日、モーリスバーグで結婚式を挙げ、バンクーバーから船で日本に向かいました。

 ここで言う「挑戦(Challenge)とは、日本人が気軽に使う「チャレンジ」とは違って、「到底できそうにない無理難題に挑む」という意味です。「応戦(Response)」は「応答」と訳される場合もありますが、「挑戦」に対して「応戦」を使ったそうです。

 トインビーは「挑戦と応戦の理論」の中で、「文明はどうして生まれるか、環境の激変、戦争、民族の大移動、人の増大などどうしようもない困難な課題が生じた時、誰かが挑戦することによって文明は誕生し、応戦を続ける限り、文明は発展する」と述べています。

Mastery for Service」の提唱もベーツ先生の挑戦だったと言えます。誰も応戦しなかったら消えていたでしょう。最初の挑戦に応戦し続けているから、今も人々の心の中にあるのです。

 ベーツ先生の子供は4人とも司祭か牧師になっておられます。これは、「ロリニャル村での私の幼少期の経験が子供たちに繰り返されたように思うことがあります」と「献身60年」の中でベーツ先生は語っています。

 ロリニャル村はモントリオールとオタワの中間のオタワ川南岸にある人口1,000人小さな村(3/4がフランス系)です。1877年に生まれたベーツ先生(Cornelius John Lighthall Bates)は子供の頃、「毎日曜日、朝は長老教会、午後は聖公会、夕方はメソヂスト教会に通っていた」と書いています。また「礼拝上の様々な要素が3つの教会のすべてにありながら、識別できる程度の違いが見られました。この3つの教会を知ったことは私の生涯の仕事に対する何よりの準備となりました」と書いていて、この経験が後の人生の原点だったことがわかります。

 大学はモントリオールのマギル大学に進みました。写真を見ると、正門を入った所からの眺めが関学に似ていて、設計者のヴォーリズに頼んでマギル大学に似せてもらったのかもしれません。少なくとも関学の時計台を見て、マギル大学を思い出していたことは間違いないでしょう。ヴォーリズもマッセイ・ホールでのモットの呼びかけの時、参加していたということです。 

 1902年に来日した先生は1910年関学に赴任しましたが、1940年に戦争のため帰国を余儀なくされました。その30年で学生数は10倍以上になり、原田の森から上ケ原に移転してから学部の数も増えました。関学の大きな出来事はみんなベーツ先生がなさったということがわかります。 

 1934年商科の卒業生に送った言葉の中に、「Do not forget our College Motto

“Mastery for Service”とあります。

また、1930年の卒業生に送った言葉も残っています。「この困難な時代に君たちは耐えねばならない。勉強を続けること、自分に与えられたまっとうな仕事を喜んですること、雇主に誠実であること、人類のために果たすべき道を捜し求めること。世界は君たちに問うだろう。『君はどう思うか』ではなく『君に何ができるか』と。このことを忘れぬように。君たち一人一人の成功と幸福を祈る」

 以上本の内容のお話しでしたが、最後に編集翻訳にあたってのご苦労話しもお聞きしました。

 表紙の写真も含めて80点以上の写真を選ぶのに時間がかかりました。また英語の翻訳では、Our College Motto “Mastery for Service”を「私たちの校訓『マスタリー・フォア・サービス』」と訳した人もいましたが、自分たちの思い入れが強いように思われます。ベーツ先生がどういう育ち方をして、どういう教育を受けて、どう思ったからこの言葉を使ったかを考えて、英語のまま使うことにしました。These Sixty Years in The Ministryを「献身60年」と訳するにあたって、Ministryには「牧師」や「外交官」という訳語があるのですが、読み直すと自然に「献身」という日本語が浮かんだので、それを採用されました。また、商学部の恩師中村巳喜人先生に教えていただいた英語への翻訳の言葉を思い出して役立てられました。またご本人は英語のセンスがないのでと謙遜されておりましたが、「日英語表現辞典」を活用しているとおっしゃっていました。日本人と違う色に対する感覚とか直訳では意味の通らない言い回しなどに役立つものであったそうです。また、ベーツ先生は幼少期にフランス語圏で過ごしましたが、英語とチャンポンで話すのが楽しかった、と書いています。上ケ原の写真の裏に、フランス語のメモ書きがあります。移転の喜びをフランス語で表現されたのでしょう。池田さんはその気持ちを表現するために翻訳に一工夫されました。La maisonを「住居」「新居」、nouvelle porteを「新しい門」「真新しい門」と訳されています。

 さて、来年2020年はベーツ先生が院長になられて100年になります。この年を記念して、同窓会では、10月にカナダを訪れて「ベーツ先生の足跡を巡る旅」を企画しています。3月の母校通信で詳しい案内をしますので、みなさんのご参加をお待ちしています。

【以下当日のご案内文】

三日月会10月度例会は、皆様ご存知の関西学院大学/学院史編纂室専任主管池田裕子氏をお迎えして、下記内容にてご講演を賜る事になりました。

 今年(2019年)は、関西学院創立130年、上ケ原移転90年の記念すべき年です。 来年(2020年)は、関西学院とカナダの関係が始まって110年、更には、”Mastery for Service” の提唱者として知られるカナダ人宣教師C. J. L. ベーツが院長に就任して100年を迎えます。

 こうした中、ベーツ先生の言葉と写真を集めた『ベーツ宣教師の挑戦と応戦』(第15代院長ルース・グルーベル監修)が526日(ベーツ先生の142回目の誕生日)に刊行されました。この本を手がかりに、ベーツ先生の生涯を振り返り、自分が学んだ母校を見つめ直してみませんか?

 是非とも多数の皆様のご出席を賜わりますようご案内申し上げます。

日 時:20191023日(水曜日)14時30分~15時45分【14時開場】

      開始時間が変更になっておりますのでお間違えのないようご注意ください。

場 所:関西学院同窓会本部 銀座オフィス

東京都中央区銀座三丁目10-9 KEC銀座ビル7階

アクセス:都営浅草線「東銀座」A8徒歩1分、

銀座線・丸の内線・日比谷線「銀座」駅A12徒歩3分

(アクセスマップ) http://www.etsuraku.co.jp/access.html

 会 費:1000 (小ペットボトルの飲み物を用意しますが、軽食の提供はございません)

 講  師 :池田 裕子(いけだゆうこ)氏 / 学院史編纂室専任主管

1980年:関西学院大学商部卒業、学校法人関西学院に就職。

理学部、総務部システム課、大学図書館閲覧課、国際交流課、経済学部を経て、

現在:関西学院大学 学院史編纂室専任主管、関西日本ラトビア協会常務理事。

趣味:ガーデニング、ラトビア語。

タイトル:『ベーツ宣教師の挑戦と応戦』の表と裏 

*申込締切 201910月17日(木)でお申込みは締め切りました

尚、同窓会東京支部のkg_tokyo_soumu@yahoo.co.jpへのメール返信では、申込み受付出来ませんので、くれぐれもお間違えの無いようにお願い申し上げます。

*お問合わせ先:東京支部  TEL 03-6260-6277

【次回予告】11月度例会は、1120日に開催する予定でございます。

以上