三日月会4月度例会は、2020年2月以来の銀座オフィスにお集まりいただいての開催となりました。講師は2回目の登場の上田諭先生です。前回は認知症についてご講演をいただきましたが、今回は「高齢者うつを治すー認知症との関連を含めて」とのタイトルでともすれば認知症と間違われそうな高齢者のうつについて伺いました。自粛の日々のなかでのうつは人ごとではありませんが、うつは薬でなおるとのうれしい情報を教えていただきました。24名の皆様、ご参加ありがとうございました。 

中高年のうつ

 中高年は若年者と違って,誰でもなる可能性があります。心労(ストレス)がなくてもなりますが,確かな予防法はありません。しかし,治療をすれば8〜9割の人は治りますし薬を飲みながら改善(寛解)を維持できます。

うつの種類

  まず,うつの種類について,治療別に見ていきましょう。

 普通うつは,話を聞いてもらったり,辛い事情から逃れたり,カウンセリングしたり,気晴らしすれば治るとされていますが,中高年のうつはこれでは治りません。

 一般に「うつ」には,「うつ」「うつ状態」「うつ病」があり,少しずつ違うのです。

  例えば,大坂なおみ選手が自分は「depression」に悩んでいた,と述べていました。この言葉は本来「気分の低下」を表すのですが,日本の報道では,「うつ病」と訳され混乱を招きました。のちに「うつ状態」だと訂正されましたが,これらはどう違うのでしょう。

「正常なうつ」は誰にでもよくある「嫌なことがある」状態で,嫌なことがなくなれば解消されます。

「うつ状態」は軽〜中程度のうつで,嫌なことが続いても嬉しいことがあると軽快します。

「うつ病」は軽〜重度まであり,楽しいことも楽しめない,いい時のない状態です。

  この「うつ状態」を「心理的うつ」,「うつ病」を「身体的うつ」と呼んで区別します。高齢者うつは,この「身体性うつ」を指すのです。 

「うつ」と「認知症」は別物

 高齢者になり,元気がないのは認知症のせい?と言われますが,認知症は元気です。認知症(アルツハイマー症)の初期症状には,物忘れ,置き忘れ,もの探しなどの「記憶障害」と,リモコン操作が困難,料理がうまくいかないなどの「実行機能障害」があります。認知症は「元気に物忘れ」するのです。

 反対に,うつでは認知機能は一時的に低下しますが,治れば完全に回復します。うつで認知症になることはありません。

高齢者うつは苦しい

「この年になってから,どうしてこんな苦しみを味わなくてはいけないのか」

「どんな病気よりうつ病がつらい。薬はいくらでも飲むので,うつは勘弁してほしい」

うつは,人生最終盤をむしばむ病,最後の罠として恐れられています。

好きなことにも楽しめない,外出がおっくう,ゆううつで悲しく一人でいられない,食事がおいしくない,寝つきが悪い,性欲がなくなる,すべてに悲観的,絶望から死ぬことを考える等,こういった症状が,ある時期から急に出現し一日中続きます。               

 慢性的な体力低下である「フレイル(虚弱)」では,家で怠惰に過ごすようになったり,歩行が困難になったりしますが,「苦しさ」はありません。

高齢者は原因なく「うつ」になる

 「うつ」になる原因には,「心理性うつ」と「身体性うつ」があります。「心理性うつ」は精神的ショック,ストレスでなり,若い人に多いのです。「身体性うつ」は原因不明(脳の不調)で起こり,高齢者の大半を占めます。両者は治療法が異なります。

「心理性うつ」はショックな出来事や人間関係,恋愛のトラブルや親しい人とのつらい別れなど,自分でうつの原因がわかり,原因が解決すればすぐに元気になります。しかし高齢で「心理性うつ」は少ないのです。なぜなら,高齢者は人生経験も豊富で苦難への耐性も高く,引退しているので仕事のストレスもありません。「老い」に伴う身近な人や自分の健康の喪失は誰にもありますが,ほぼ想定内です。

 降って湧いたような突然の不調が「身体性うつ」です。「身体性うつ」のきっかけは,何も思いあたらない人が大半で,風邪をひくとか,足を捻挫する,腰痛の手術で入院などの,ちょっとしたことが誘因になります。配偶者や子の急死や不治の病などの「重大な原因」は少ないようです。具体的な悩みは思いつかないのに,言いようもなく調子が悪く,心細く,横になっていても辛く,身の置き所がないと訴えます。 

身体性うつの三つの型

 精神活動が高度に低下して,会話,動作が緩慢になる「制止型」に対して,「焦燥型」は身体の辛さを何度も訴えて言動が落ち着かず,より苦しさがあります。

さらに3つ目の型として,身体症状が強い「仮面うつ病」があります。身体全体の痛みやだるさ,しびれや熱感が生じて体の病気と思われますが,内科で検査しても異常なしです。うつの治療で改善します。 

心理性うつと身体性うつの治療法は異なる

「心理性うつ」の治療は,原因となった現実の調整,カウンセリング,補助的に薬。

「身体性うつ」の治療は,抗うつ薬治療+休養(難治ケースには通電療法),面接療法(7つの言葉をかけること)。

   7つの言葉:1)貴方のせいではない。病気です

       2)早く休養してください

       3)約3ヶ月でよくなります

       4)死なないと約束してください

       5)大事な決定は延期を

       6)一進一退しながらよくなります

       7)服薬が大切。ただ副作用もあります 

コロナうつとは?

 外出せず,引きこもると体力,気分が低下して,長期になると「フレイル」になり,コロナにかかるのでは?という強い不安は「心理性うつ」になり得ます。コロナに誰もが抱く不安だけで理由なく「身体性うつ」になることもあります。 

どうやってうつを予防するか

 確実な予防法はなく,恐れても仕方ありません。予防可能性のありそうなこととして,変化の少ない生活,体力,健康を保つ努力,怪我に気をつける,過労,ストレスを避けるなどがあります。生真面目とか几帳面などの性格はうつ病になりやすいと言われていましたが,確かな医学的根拠はありません。

 治療としては,抗うつ薬0.5錠から,効果を見ながら徐々に増やします。どの薬が効くかは,人それぞれで,「ベストと決まった薬」はありません。服薬して早ければ2週間で改善しますが,通常は1か月〜3か月,1年以上寛解しない人もいます。改善が進まない人は、入院や「通電療法」が検討されます。 

うつが生む「にせ認知症」

 高齢者がうつになると,認知機能(記憶力,集中力,思考力)が一時的に低下するので,「偽認知症」「仮性認知症」と間違われやすくなります。認知症の検査である改訂長谷川式簡易知能評価スケールで20点以下になると「認知症」と誤って診断される恐れがあります。うつでも点数は低下するので,点数だけで評価されると誤診につながります。 

認知症でうつになる時

 軽度認知症は、周囲からの心ない言葉や対応によって心理性うつになることがあり,周囲の温かい対応,良い介護こそが治療として大切です。 

  高齢者になると予期せぬことがおこる可能性があります。高齢者うつは基本的に治る病気です。心理的な支えと適切な薬の服用などの対応をとることで乗り切りたいものです。 

【以下開催時のご案内文抜粋】 

2022年4月2日(土):三日月会4月度例会のご案内 

   三日月会4月度例会は、2017年2月にタイトル「認知症を受け入れよう!」でご講演頂いた上田諭先生に再度ご登壇頂き、「うつ病」をテーマとする内容を下記要領にて、銀座オフィスにお集まりいただいて開催する運びとなりました。

  新型コロナウィルス感染拡大の影響で、高齢者の「うつ病」患者が増えているとの報道もあります。しかし、うつ病ほどその実態、病因、治療法等について、正しい理解がどこまでなされているかは、疑問な点が多いのではないでしょうか。主に高齢者のうつ病と認知症の診療と研究をされている上田先生には、昨今話題のコロナうつへの対処、認知症とうつの関連、うつの予防法、高齢者うつの特徴、治療法等に関する興味深い内容をご講演いただく予定でございます。是非とも多数の皆様にご参加いただきますようご案内申し上げます。

日  時:2022年4月2日(土曜日)14時30分~15時45分【14時開場】

場  所:関西学院同窓会本部 銀座オフィス

東京都中央区銀座三丁目10-9 KEC銀座ビル7階

アクセス:都営浅草線「東銀座」A8徒歩1分、銀座線・丸の内線・日比谷線「銀座」駅A12徒歩3分

会  費 :1,000円 (小ペットボトルの飲み物を用意いたします。)

講  師 : 上田 諭(うえだ さとし)氏

  1981年:関西学院大学社会学部福祉専攻、体育会ヨット部主将時にインカレ個人優勝。

        卒業後、朝日新聞に入社して、記者として勤務。

 1990年:朝日新聞社を退社し、北海道大学医学部に入学。

        卒業後、東京医科歯科大学精神科、東京都老人医療センター精神科などに勤務。

 2007年:米国デューク大学メディカルセンターで‟電気けいれん療法(ECT)研修”修了。

 2007年:日本医科大学付属病院精神神経科に勤務。

 2017年:東京医療学院大学教授。

 2020年:戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長。

 2022年4月:東京さつきホスピタル勤務。

著書:「認知症そのままでいい」(2021年、ちくま新書)、「高齢者うつを治す」(2021年、日本評論社)

  「治さなくてよい認知症」(2014,日本評論社)など多数

翻訳書(共訳):「精神病性うつ病―病態の見立てと治療」(2013,星和書店)、

             「パルス波ECTハンドブック」(2013, 医学書院)など

タイトル :「高齢者うつを治す―認知症との関連を含めて」