11月の三日月会は「次世代に残したい安全な原子力発電」についての講演でした。講師を務めてくださった福田一夫さん(1976年卒)は関西学院を卒業後野村證券に入られ,退職後,環境ビジネス「ソーラーガイド・インク」を始めとする様々なベンチャー企業を経て,2020年「トリウムテックソリューション(以後TTS)の取締役に就任されました。現在,新時代に向けての「安全な原子力発電」の開発に取り組んでおられます。32名の皆様にご参加いただきありがとうございました。   

「原子力発電」と言っても,福島原発事故以来,原子力発電に対する恐怖や不信感が国民感情として残っている現状です。しかし,地球温暖化による異常気象(化石燃料の使用制限),2月に始まったウクライナ戦争によるエネルギー危機,円安によるエネルギー価格高騰などの諸問題を抱え,今原子力発電はホットな話題として注目を集めています。国としても,既存の原子力発電再開のみならず,次世代原子力発電を検討している状況です。 

○最初に基礎知識としての説明がありました。 

(基礎知識1)

 地球上にはウランとトリウムの2種類の核資源があります。ウランが「第一(従来)の核」,トリウムは「第二(次世代)の核」です。天然の「ウラン235」は0.70%,「ウラン238」は99.30%存在しています。「ウラン235」はそのまま使えますが,「ウラン238」は核反応炉中で中性子を加えて「プルトニウム239」に変換して使います。

 天然の「トリウム232」は100%存在し,中性子を加え「ウラン233」(核分裂性燃料物質)として使います。 

(基礎知識2)

(1)軽水炉とは

   減速材と冷却材に軽水(普通の水)を用いる原子炉。燃料に固体濃縮ウランを使います。世界で最も広く使われているタイプです。

(2)熔融塩炉とは

   フリーベ(FLIBe)を混入した混合熔融塩に,少量の核分裂性物質を混合したものを燃料とする液体燃料炉(原子炉)です。ただし,高速熔融塩炉の場合,フリーベではなく塩化物塩を使用しています。

(3)プルサーマルとは

   軽水炉の使用済みの燃料を再処理してウランとプルトニウムを取り出し,それを使って作ったMOX燃料を軽水炉で利用するこ とです。 

○次に「トリウム熔融塩炉」についての説明に入ります。

1.軽水炉とトリウム熔融塩炉の違いについて述べます。     

 軽水炉の核燃料は個体燃料のウランであり,燃料棒が必要ですが,トリウム熔融塩炉は液体燃料のトリウムなので,燃料棒はいりません。冷却材として,軽水炉では水を使い,高圧容器が必要です。トリウム熔融塩炉では常圧の液体燃料が炉内を循環しています。軽水炉は大型なので100kWの出力がありますが,トリウム熔融塩炉は,小型で20Kw以下です。

 発電コストも軽水炉では10~15円/kWhですが,トリウム熔融塩炉では低コストの5円/kWhです。

 また,軽水炉は構造が複雑なので,安全対策が必要ですが,トリウム熔融塩炉は単純な構造なので原理的に安全で,使用済み核燃料の再処理が不要です。軽水炉には「沸騰水型軽水炉(BWR)と「加圧水型軽水炉(PWR)」があります。BWRは原子炉の中で蒸気を発生させ,その蒸気を直接タービンに送り発電します。PWRは原子炉の中で発生した高温高圧の水を蒸気発生器に送り,そこで蒸気を発生させてタービンに送り発電します。福島第一原発の事故は,安全設備を支える冷却するための電力系が広範に機能をなくしたことが直接の原因です。

 「トリウム熔融塩炉」は構造も単純で,小型のため出力調整が自由自在にでき,メルトダウン,水素爆発,核物質の漏出がなく安全です。このことについて詳しく見ていきましょう。

 「トリウム熔融塩炉」の発電は,炉の中に減速材である黒鉛(グラファイト)を入れ,中性子を減速させて核分裂をしやすくします。この中にフリーベに核燃料を混ぜたものをグルグル回し,エネルギーを放出させて電気を起こします。

2.熔融塩炉はなぜ「安全」なのでしょう。

「第一の核の時代」の原子炉は固体燃料炉のため,能動的安全性(アクティブセーフティ)の原子炉であり,五重の安全対策をして「絶対安全」を謳ってきましたが,福島事故が起こり安全神話は崩壊しました。「第二の核の時代」の原子炉は液体燃料炉のため,受動的安全性(パッシブセーフティ)なので,原理的に過酷事故は起こり得ないのです。

(1)    燃料棒を持たないので,燃料棒のメルトダウンは原理的に起こりません

(2)    冷却に水を使っていないので,水と金属の反応による水素発生は無く,水素爆発も原理的に起こりません。

(3)    緊急時,炉心下部のドレインパルプが自動的に開いて,液体燃料は地下のドレインタンクに移行し,原子炉内には核物質が無いので,循環ポンプが止まっても自然対流を利用して冷却を続け,炉心加熱を防止します。

(4)    万一熔融塩液体燃料が漏れ出しても,空気,水とは反応せず,450度C以下に冷えるとガラス状に固まって内部に核物質を閉じ込めて敷地内に露出はありません。

(5)    炉心温度が高くなると炉心の核反応速度も遅くなり,炉心加熱は起こりません。

(6)    炉心が停止しても崩壊熱が発生します。溶融塩炉ではこの崩壊熱による炉心の加熱を防ぐ為,崩壊熱冷却の仕組みが施されています。

3.「トリウム熔融塩炉」が低コスト発電を実現できる理由について。

(1)    核燃料に低コストのトリウムを使用でき,必要な核燃料のみを使用し,軽水炉のように核燃料を燃え残すことがなく,核燃料を燃料集合体に加工する必要がないので,燃料費が安いのです。

(2)    燃え残した使用済核燃料を生成せず,高レベル核廃棄物等の排出量が少ないので,廃棄物再処理や核廃棄物処分のための費用が少なくてすみます。

(3)    燃料交換が不要で長期連続運転が可能なため,高い稼働率を実現できます。

(4)    原子炉の構造の制御機構が単純なため,建設コストや運転コストを低く抑えられます。

4.「トリウム熔融塩炉」の歴史についてもお話していただきました。 

 原子炉は原爆燃料のプルトニウムを生産し,核武装するための手段として作られました。第二次世界対戦が終わって,平和の時代が来ると考えたユージン・ウイグナー(1963年ノーベル賞)とアルビン・ワインバーグ(オークリッジ国立研究所所長)は,戦争のための原子炉でなく「平和のための原子炉」はいかにあるべきかを追求して,1945年プルトニウムを作らない平和のための原子炉である「トリウム熔融塩炉液体燃料原子炉」の構想を発表して,オークリッジ国立研究所において,最大250名の研究者が参加して開発研究が行われました。

1954年,「航空機用原子炉ARE」が860度Cを達成した後,1957年,「臨界実験炉PWAR-1」が臨界に到達しました。

 1965~1969年,「熔融塩実験炉MSRE」が無事故で運転を続け,20年以上にわたる国家プロジェクトとして開発され,基礎技術は確立しています。

 ところが,1976年,トリウムを燃料とし,プルトニウムを作らないため軍事的に無価値であるという政治的理由により開発を中止した。この時期は東西冷戦の時代であったためでしょう。

 1985年,日本の古川和男先生(TTS創業社長)のグループが,単純化,小型化を行った「トリウム熔融塩炉FUJI」を設計しました。この時,政界,財界の方々の動きがあったのですが,政治や安全保障の問題があったのか,実現せずに終わりました。

2011年,中国が国家プロジェクトとして開発着手しました。700人体制で始め,2020年実験炉が臨界に達し,2030年までに商用化するという目標を挙げています。

  現在,米国の14社を中心に世界で20社の「熔融塩炉開発ベンチャー」が活動しています。研究開発が終わっており,先行投資が小さいというのが理由ですが,日本では古川先生の「TTS」1社のみです。原爆を受け,福島原発事故を経験した日本こそリードすべきであるのに,経産省から「プルトニウム消滅用熔融塩炉の開発費」として4千万円の補助金をもらっただけです。中国では300億円の資金を国が援助しています。日本ではベンチャー起業が育ちませんね。

○最後に,プルトニウム問題についてお話ししていただきました。

日本は46トンのプルトニウムを持っていますが,2018年,原子力委員会が「プルトニウム利用計画」を作り,削減していくことが決まりました。「プルトニウム熔融塩炉」の出番です。 

 熔融塩炉には2種類あります。TTSの「中性子熔融塩炉」と「高速熔融塩炉」です。「高速」の方は,基礎実験もなく,お金と時間がかかり商業的には未知数ですが,研究余地はあって,ビジネスチャンスにつながります。ビル・ゲイツが「テラパワー」というベンチャーを起こしています。

 原子力発電で出たプルトニウムの処理ですが,高速増殖原子炉「もんじゅ」は2017年からストップしています。「もんじゅ」は使用済み燃料から取り出したプルトニウムとウランで作られたMOX燃料を高速炉で燃やすシステムです。それに代わって,「軽水炉プルサーマル」がMOXを使って処理をするのですが,日本には4基しかありません。2030年までに12基に増やす予定ですが,進んでいません。

 TTSの「プルトニウム熔融塩炉」の処理能力は「軽水炉プルサーマル」の3倍以上です。非核武装国でプルトニウムを大量に保有し,プルトニウムを削減しなければならないニーズを持っているのは世界で日本だけです。そのため,「プルトニウム消滅用熔融塩炉」による発電事業は,日本独自の事業です。その燃料をプルトニウムからトリウムに変えることにより,「トリウム熔融塩炉」が生まれました。プルトニウムを作らない「トリウム熔融塩炉」は途上国向きです。温暖化ガス排出ゼロのためにも,出力変動の大きい再生可能エネルギーとの相性が良く,低コスト,小型で小回りが利くので,砂漠や島に持って行くこともでき,途上国におけるエネルギー供給に寄与するでしょう。

○最後に,リリエンソールの遺言を紹介します。

リリエンソールは元TVA(テネシー渓谷開発会社)総裁,戦後の米国初代原子力委員長,「米国の良心」と言われています。1979年スリーマイル島の事故の直後,1980年の著書「岐路に立つ原子力」の中の言葉です。 

「原子力を我々の目的地に到達させたいと思うのであれば,現在我々が居るところからそこには行けないということを自覚しなければならない。原子力は決しておしまいなのではない。原子力は,人類の大きな希望の一つであり,世界が非常に強く必要とするエネルギー供給に関して,大きな役割,恐らくは決定的な役割をこれから果たすことになるだろう。

 しかし,その目的地は,我々が現在旅している道の行く手には無いだろう。我々は,原子力の現状から後戻りして,人間の健康そして世界の平和と存続を脅かさない道という,より良い道を見出す必要がある。」 

 終わった後,たくさんの方々から質問がありました。エネルギー危機の今だからこそ,関心も高いのでしょう。「次世代に残したい安全な原子力発電」の実現が待たれます。

【以下開催時のご案内抜粋】

 三日月会2022年11月度例会は、今までと原理的に異なる「安全な原子力発電」があれば、福島もチェルノブイリも起きなかった!

   今まさに、話題になっている電力不足などの問題点を解消してくれる「次世代に残したい安全な原子力発電」について、株式会社トリウムテックソリューション取締役の福田一夫氏をお迎えし、下記要領にてご講演を賜ります。

 是非とも多数の皆様のご参加を賜わりますようご案内申し上げます。

                   記

日  時:2022年11月5日(土曜日)14時30分~15時45分【14時開場】

場  所:関西学院同窓会本部 銀座オフィス

               東京都中央区銀座三丁目10-9 KEC銀座ビル7階

              アクセス:都営浅草線「東銀座」A8徒歩1分、

                銀座線・丸の内線・日比谷線「銀座」駅A12徒歩3分

会  費:1,000円 (小ペットボトルの飲み物を用意いたします。)

講   師:福田 一夫氏 ㈱トリウムテックソリューション取締役

  1976年:関西学院大学商学部卒。同年:野村證券入社、上六支店営業。

  2000年:野村證券退社後、ソーラーガイド・インクで環境ビジネス立ち上げ。

  セルテック・プロジェクト・マネージメント(株)で ベンチヤー企業の立ち上げ。

  2002年:証券時代の顧客に誘われ、卓ソフト(株)取締役。

  2003年:フジフューチャーズ専務取締役 為替と商品先物トレーデイング。

  2008年 :寺町 トレイダースクールを退社し、システムトレー ド開発。

  同年:(株)ヒョーセで再生バッテリーの開発と中古フォークリ 卜の輸出。

  2012年:(株)HF 友人と創業。

  2017年:(株)トリウムテックソリューシ ョン支援開始、2020年に同社取締役に就任。

タイトル:『次世代に残したい安全な原子力発電』