10月26日(水)14:00~16:00
10月度の40会リモートの集いは、9月にワシントンへ訪問した会員からのハンバーガー2000円!という高い物価事情を知って、10月は先行き不透明な中で財産の目減りに対してどう対応するかを考えてみようということになりました。平松さんが、議論に入る前にバブル後~現在までの歴代の政権と日銀の財政金融政策をMMTの理論から俯瞰して問題点を提起し解説をしてくれました。MMTの理論は論争もあることではあるけれど、その視点からの一貫した論評をしっかりして、話に引き込まれました。その研究ぶりに驚いたところ、討論に入ってMMTの問題点を専門的な視点から指摘する論者も出てきて、さらには経済・産業政策、産業構造変革論、究極の施策としては日本人のチャレンジ精神の復活のための人材育成の重要性も確認することとなりました。さて、このような不透明な時代に80代になって資産保全をどうするかは興味深いものがあり、それぞれの工夫を各人が述べて互いに参考になったと感じました。あっという間の1時間半でした。

            リモートの集い参加者 12名

 上記プラス上野さんが出席しました。

 報告事項としては10月10日のGold Concert(障がい者の国際舞台芸術コンクールで、東京都後援―小池知事、関西学院協賛―村田学長、KG卒同窓のバリアフリー協会貝谷代表主催)に3名が参加、その演奏が健常者をしのぐ素晴らしさで耳の障がい者の踊りに感銘を受けたこと、健常者以上の素晴らしい演奏会であったことを報告してくれました。来年は皆も参加しようという空気になりました。8日の三日月会には学院史編纂室の池田裕子さんが出講され、多くの同期生が参加。池田さんの講演を聞いて会場からは来年も是非学院の歴史を動態的に解説して欲しいという熱気があふれていたことが佐藤さんから報告がありました。今回が最終講義でしたので、40年会としてお花を贈呈し、茶話会、食事会に会員が参加しました。

「40会」会員の皆様、
地球環境同様国内外の情勢に乱気流が生じる中、継続は力なりで自然は今年も秋をプレゼントしてくれています。皆様お元気にご活躍の事と拝察もうしあげます。
そんな昨今、KG銀座オフィスで「来た、見た、良かった」と言える素晴らしい講演がありました。三日月会主催者高田浩治さんと当会幹事団のお薦めもあり9名の方々がCOVID-19も何のその参加されました。その講演の印象記を下記お伝えいたします。

2022
年10月8日14:30~15:45、三日月会定例講演会、会場:KG銀座オフィス、
講師:学院アーカイブ専任主管池田 裕子さん(S55商学部卒)、テーマは「関西学院の真実:ラトビア人教師イアン・オゾリンが紡いだ糸」
参加者数は30名で内40会からは渡邉嘉子さん、上野忠明さん、内山政武さん、小西淳一さん、原 光明さん、平川公明さん、稲葉勝弘さん、平松敬生さん、そして筆者の9名が参加しました。
「スクリーン画像送りに同調させた池田さん独特の聴き手を包み込むような淀みのない口調で序章が始まりました。私たちにはなじみの薄い母校創設当時のイアン・オゾリンという16カ国語を操るという青年教諭の来歴、即ち1917年に始まった労働争議に端を発する争乱のソビエト・ロシアの影響下にあって1918年独立したばかりのラトビア共和国から渡米、加州大学留学・卒業間もなくバックパッカーよろしく夢の国日本にやって来た彼は1920年、原田の杜の関西学院高商部に赴任、当時人気のなかったロシア語と親しみのなかったラトビア語を教えず、なんと英語の教鞭を執っていたと言います。おそらく加州大学時代に速攻で米語をマスターしたのでしょう。彼は数年原田の杜で熱心に教鞭を執っていましたが間もなく他国へ転任しました。彗星の如く現れ流星の如く去った彼は当時の平均的日本人並みの小柄な体格を持ち眼光鋭い鋭敏で熱血の教師であったとのOBたちの証言もあります。薄給の「オゾリン先生」はヘーデン教授のご自宅に下宿させて貰い食事も殆ど和食中心の学食で済ませ、講義が終わるとしばしば学生たちを茶話会に招き欧米の動静など延々と議論を闘わせ誠心誠意指導されたと言います。町の銭湯にも気軽にでかけ、毎回出会う学生たちと一緒に湯船に浸かり所謂裸の付き合いをされたなどなど、ミッション系の米加教授陣とは一味違うエピソードに事欠かない若先生だったようです。異国での学究生活を生き抜く抜群のバイタリテイがあったことも確かのようです。関学着任早々オゾリン青年はラトビア政府の要請を受けてなんとあの若さでラトビア外交代表に就任その職務を兼務、今に言う二刀流の生活を送られたと記録されています。これらは現在のラトビア共和国政府外交官の方々がオゾリン先生の功績を認識・評価されており、我が校も、特に池田裕子専任主管のKGレガシー発掘により、認識を新たにラトビアとの交換学生制度などが学院として徐々に実施されていると聞きます。
今日関西ラトビア協会の役員でもある池田裕子さんの水先案内で進展している母校とバルト三国の美しき小国、合唱好きの国民で有名なラトビア共和国との間で建築学や音楽教育などを通じて歴史的な親善交流が進んでおり、最近では東京のラトビア大使館前大使ダツエ・トレイヤマスイによるKG・ESS英語サロンの講演会(ちなみに筆者が司会を仰せつかり、池田さん、三浦さん、小西さんや三日月会の高田浩治さん等多数大使館に設けられた大使の講演会場に参集)なども実現、母校でのラトビア友好記念植樹など数々の公式行事に相まって同国との友好関係が深まっていること等を含め手際よく聴き手の私たちを疲れさせないようユーモアと(笑)を交えてお話しいただきました。ちなみに池田さんは来春定年退職される予定です。会場からはもっと長く学院史編纂や学院史上の内外の偉人巡礼調査などを続けて頂き現在、未来の学院生たちの教養の源となって頂くようお仕事を続けて欲しいとの声も出ました。全く同感です。退職されても東京の三日月会や英語サロンで活躍頂きたいと思う次第。退職後池田さんはこれまでのお仕事を綴る学院クロニクルのような本を出版される予定とのことでした、
最後に、関連情報として池田さんが主幹される「学院史編纂室便り」という「宝物」のありかを示すURLを改めて記しておきます。学院史編纂室便り | 学校法人関西学院 (kwansei.ac.jp) 宝物と申しましたのは正に誰が見ても興味の沸く価値ある真実の情報を紡いで行かれた確たるアーカイブであるからです。「知ってるよ。とっくに読んでるわよ。」とおっしゃる方が多いと思いますが、あえて池田さんの取材力、分析力と執筆力、そして未来の関西学院に繋がるある種の燭光として任意にPRさせて頂く次第です。
今回講演に登場した私達になじみの深い学院創設者W.R.ランバス師やベーツ院長先生などの顔ぶれとしては、池田主管お気に入りの「1920年ベーツアルバム」の中から、カナダ人宣教師W. J. M. クラッグ、M. M. ホワイティング、H. F. ウッズウォー ス、H. W. アウターブリッヂ、そしてC. J. L. ベーツ各先生のお名前を記させていただきます。発展する各学部と共に神学部、ランバスチャペルの活躍を祈念したいとも思います。
又、今回の講演会を通して復習できたことはイアン・オゾリン先生のみならず関西学院の創設に尽力傾注されたアメリカ及びカナダからの基督教新教インステイチューション高位の伝道師、牧師の先生方や学会指導者の方々と日本側関係者の方々の想像を絶する戦前戦中の命を賭したと言っても過言ではない伝道理念を守り抜き学院を持続可能に導かれた「奉仕の為の熟達の精神の流布」と「その実行力」の素晴らしさです。

文責:佐藤一雄
常任幹事:小西淳一

来月は永尾さん企画でぶらりミニ旅を2つ提案があり、八王子城と松戸の紅葉の名所本土寺へ行く計画の概略を説明しました。食事会もしっかり企画したいとの小西さんの提案もあり、楽しみが増えました。詳細は後刻メールすることにします。
                                  

                                             以上