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<ペーパーバックス・ファン >

サークル「会報」は2001年から書いています。でも作家や小説の好みは人それぞれ違いますから「会報」も相手ごとに気に入って頂けそうなのをと勝手に選んで送っていました。女性には「日の名残り」や「ケン・フォレット」、競馬ファンはもちろん「ディック・フランシス」、クリスチャンとかだと「ペーパーバックと聖書」「ミゼレーレ」といったあんばいに・・で、結局だれに何を送ったんだか分からなくなってしまいました。このサイトに書き込みができるようになる以前、プリントアウトを郵送していた頃の話ですが。
世話役:安部隆雄(昭和34経卒)


一極集中 (unipolar) /多極化 (multipolar) ・・・カオス?

政治・経済用語として権力・権威あるいは制度・システムといった社会構造のありようを表わす言葉ですが、その中間に bipolar / bilateral というのもあって・・どうあるべきか、どれが良いかは対象や現実の状態でケース・バイ・ケースです。それに人間社会は多くのばあい「集中と分散」(集散)を繰り返すので一定しません。

Unipolar / Unilateral
Bipolar / Bilateral
Multipolar / Multilateral

集中から分散なのか、その逆なのかは分かりませんが、それぞれの間を行ったり来たり試行錯誤を繰り返す人間社会は本質的に弱肉強食の競争社会ですから、しょせん強い者の独り勝ちになるのが宿命というか自然な帰結です。つまり、一極集中 unipolar system 。しかし最強者といえども永続するわけがないので、世代(勢力)交代期には二極化 (bipolar) ないし多極化 (multipolar) が進みますが、それは同時に戦国時代のように不安定で変動の激しい時期でもあります。したがって、

(1)『政治』であれば専制君主制 (autocracy) や一党独裁 (one-party system) がもともと人間の本能にマッチし、ひたすら安寧 (law and order) を求めるのであればそれが最適のシステムです。しかし、これはこれで社会的不満や矛盾を生じ体制崩壊、激動、混乱につながるのも歴史が示すとおりです。そして莫大な血の代償を払って (at high stakes of bloodshed) たどり着いたのが民主主義であり、また一党独裁を避け少なくとも二党体制 (two-party politics) という考え方が特に欧米先進国で支配的になったのでした。

(2)『経済』はどうでしょう? 政治が感情で動くのに対し、経済は計算ですからこのほうが客観的です。ただ、経済を「実需」にもとづく物流だけで捉えるのであれば比較的簡単ですが、現実は「先物」や「投機」がからむので複雑です。しかも実需とはかけ離れたペーパーマネー/電子マネーの巨大マネー・マーケットが存在するというのも・・それがバブルに似た仮想現実に近い世界だけに厄介です。少なくとも「実体経済」と「マネー・マーケット」は同じ尺度では測れない異次元的存在ではないでしょうか? 一応区別して考えることにします。

A. 実需を反映した『実体経済』も最適条件獲得のための競争社会ですから、勝者が独占的利益を得るのが本来の姿です。そのため完全な自由競争下 (laissez-faire) では業界ごとに独占・寡占が進みます。つまり一極集中。ただ、それでは利害が複雑にからむ社会全体にとってはマイナスという理由で、政治介入による規制・独占排除が行われるわけです。

B. 一方『巨大マネー・マーケット』ですが、これはplaygroundがグローバルというだけで政治は無力になります。政治は本来ローカルだからです。超大国がglobal police の役割を果たそうとしても、必ず反発があってうまくゆきません。国連は政治の世界ですし、IMF も市場の監督機関ではありません。また投機や巨大マネーは電子マーケットを猛スピードで動きますから、政治介入はしょせん間に合わない。恐らく一極、多極といったアナログの枠を超えたカオス (Chaos) 的世界なのでしょう。
 (注)
カオス (chaos theory) は物理の数式で初期値のほんのわずかな差が結果的に予測不能の大きな誤差を生ずる現象 (sensitive dependency on initial conditions) を説明するもので、自然界から宇宙現象まで広く応用されています。コンピュータで誤差が広がるようすを描くと蝶が飛んでいるようになるのでバタフライ効果 (butterfly effects) と呼ばれます。米映画「バタフライ・エフェクト」(2004) のテーマだったのでご存知の向きも多いと思います。カオス/バタフライ効果の一例をあげると、3日以上先の天気予報は当らないといいます。また、地震の予知や台風、トルネードの発生は幾らデータを集めてもピン・ポイントの予測はできません。それはこうした事象がカオス現象だからです。物理学のカオスはフラクタルや複雑系と一連の20世紀最先端理論のひとつでしたが、1980年代に株価変動の説明など経済の世界でも使われるようになりました。(なおカオスの発見者はフランスの数学者ポアンカレです。)

“Weather prediction is not quite an exact science, and I never fully trust those weather boffins. Like my instructor used to say, little boys who tell lies grow up to be weather forecasters. “
(Glenn Mead “SNOW WOLF” 1996)

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予知 (anticipation)

虫の知らせとか、3秒程度のごく短い未来を予知できる人は少なくないそうです。しかし誰でも、いつでもというわけではありません。ですから自分では気づかないのがふつうで大事なところの乾坤一擲、必死に勝負をかけた場面で何回も成功する人も、本人は「(運を)持っている」くらいにしか思っていません。野球のイチローや松井ゴジラなんかがそうだと思いますし、ゴルフのタイガー・ウッズや石川遼なんかもたぶん・・・

わかり易い例はカードゲームやマージャンでしょうか。強い人はただ手が読めるだけでなく勝負所の「カン」が鋭いのです。囲碁や将棋の棋士でタイトルを幾つも取る人が他のプロと一番違うのは「勝負所で冴えている」からと言われます。本人はカンとか運がよかった、あるいは、たまたま手が見えたなどと言いますが、別の見方をすれば予知・予感つまり未来予測ができたからといえます。ごく短い時間予知なのでカンという感覚なのでしょうけど。

しかし、だからといって、こうした人達の成功の確率は統計的にはそれほど高くないのです。タイガー・ウッズが強いといっても全試合勝てるわけがない。賞金が高額な試合を毎年数回以上勝った結果が驚異的な数字になっているのです。

エスパー(Extra-Sensory Perception/ESP)の研究が実を結ばなかったのは、原因と結果が寸分の狂いもなく検証できる結果が得られないからでした。くり返し同じ結果がでる証明がないので「非科学的」とされたのです。

しかし科学的かどうかを検証だけできめるというのは正しいのでしょうか? 世の中すべてが数式通りに、ニュートン物理学どおりにできているのでしょうか? 我々が日常あたりまえのように使っている光、電波、磁力ですら理論的解明(証明)はされていないのです。

また、高性能コンピュータに欠かせない量子力学のレベルになると三次元(ないし四次元)の世界では量子の存在さえ「いたり、いなかったり」という確率の世界ですから証明などまるで不可能です。しかし量子力学を「非科学的」という科学者は現在ではいません。

人間が持っている(かも知れない)予知・予感も、絶対ではない確率の世界かも知れません。そして3秒程度でなく、もっと長い先まで見えたり感じたりできる人間がいる(いた)かも知れないと考えることはできないでしょうか? 小説やSF の世界ではよくある話ですが・・

人類史上には何百年、何千年に一人といった確率でとてつもないスーパー・ヒーローが現れます。そうでなければ人類はまだ石器時代から一歩も出られなかったろうといわれます。文字のない時代に抜群の観察力と記憶力で何千もの儀式、祭事、祈祷、規則、前例など部族社会の決まりごとを正確に記憶し、病気や薬草の知識から水、鉱物資源のありか、さらに気象の変化、天災までも正確に予測したケルトのドルイド神官 (Druids) や世界各地の偉大な預言者 (Prophets) の中には、人類がそれまで経験したことのない世界に踏み出させた人がいたかも知れません。

適切かどうか分かりませんが、古代ギリシャの医学の祖ヒポクラテス(BC460-BC337) は迷信、まじない、祈祷といった伝統から一切離れ、病気の原因とその治療法を研究する学校を作ったのでしたが、そのヒポクラテスからさらに1000年以上遡る古代エジプトのエーベルス・パピルス (Ebers Papyrus BC1550頃) には、数多くの病気と治療法について現在でも通用する記述が残されています。外科治療の医学書になるとそれよりもさらに古いBC1600年頃のエドウィン・スミス・パピルス (Edwin Smith Surgical Papyrus) が知られていますが、いずれも誰が書いたのかは分かりません。

アメリカで人気のSF番組「ヒーローズ」(Heroes) は特別な才能 (e.g., “to bend time and space”)をもった複数のエスパーが未来の惨事、消滅を阻止するために活躍するドラマですが、それぞれが自分でもどうしてなのかは分からず、人に説明できない戸惑いともどかしさを抱きながら懸命に使命を果たそうとするひたむきな姿が受けています。

If ordinary people could see for three seconds into the future, why not longer? Hours, days, weeks, years. For physicists, such a concept is not beyond comprehension. Even Albert Einstein once said that the difference between the past and future is only a stubbornly persistent illusion. Time is just another dimension, like distance. We have no trouble looking forward or backward along a path. So why not along time, too? (James Rollins “The Last Oracle” 2008)
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スイーツ系

草食系男子の次は「スイーツ系」とか? 現在の若者の傾向が「何々離れ」e.g., クルマ離れ、ブランド離れ、活字離れ・・そして「酒離れ」の若者の中には寿司屋でサビ抜きを注文するのが増えて、といった彼等はスイーツ(甘味)に流れてんだそうです。

見栄でブランドやぜいたく品を買いまくったバブル時代とくらべ、つましく現実的でいいとも言えますが、「欲しがらない」若者(すべてがそうではありませんが)の「食べてゆけさえすればいい、」といった姿勢はクールな反面、覇気がないというか、夢が感じられません。しかし、それもある意味しかたのないことです。今よりも良い時代があったとか、また良い時がくる(かも知れない)というのは、彼等には実感できないのです。我々がいう「失われた20年」は、若者にとってはこれまでの人生すべてだったのですから。(Men of a certain age usually aren’t adventurous or innovative, just happy if everything goes smoothly.)

いくら努力をしてもうまくゆかない、チャレンジは失敗のリスクが高過ぎて無謀に近いというのが「失われた20年」の真相ですから、世の中すべて甘くないと思い込んでも不思議ではありません。情報化時代ですから海外のニュースなどは幾らでも入ってきますが、自分達には「そんなの関係ない」のです。(“It never pays to count on anything in this world.”)

We are all hurt beings, and haunted souls. And there are some wounds that never heal. The trick to surviving is simply to carry on. That’s really all we can do if we want to endure.
(Glenn Meade “The Devil’s Disciple” 2006)

じゃあこの先、ズーッとそれでいいかとなると・・早い話、景気はいつまでも良くなりませんね。人は将来に夢と希望をもってリスクを取って生きてゆかないと社会的な展望は開けません。しかし具体的な方策となるといつもニワトリと卵論争になってしまうのですが・・


ひとつ気になることがありました。「タイム誌」3月1日号の記事 “Global Business” (by Michael Shuman) にあった次の記述です。

Economists Carmen Reinhart (University of Maryland) and Kenneth Rogoff (Harvard University) found in a recent study that once a country’s government-debt to GDP ratio passes 90%, growth declines by at least one percentage point a year. For industrialized economies that rarely expand more than 2% or 3% a year, that’s a huge chunk. (Time, March 1, 2010)

もしも両教授の指摘が正しければ、日本は永久に経済成長を望めません。日本の財政赤字は先進国の中でもダントツで GDP の90%どころか200%近いのですから。

You can tell the most important quality of a successful treasure hunter: You’ve got to believe. You’ve got to be the eternal optimist, and you have to be able to stand lots of disappointment.
(Catherine Coulter “Point Blank”, 2005)

If you go through life worrying about all the bad things that can happen, you will convince yourself that it’s best to do nothing at all. It is no good sitting in a corner being careful. You never get the chance to be lucky unless you take risks.

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リスク (sustainable?)

アイスランドの火山噴火で1週間続いたヨーロッパの国際線キャンセルは10万便を超え、1000万人以上の乗客が巻き込まれるなど、経済損失は15億ドル〜25億ドルに達する(欧州委 April 27, 2010)と大騒ぎになりました。また新聞にあった天明の大飢饉と同じ1783年の噴火は翌年まで何度もくり返したため、ヨーロッパ各地は大飢饉に見舞われ、フランス革命の誘因にもなったのでした。歴史的にはたかだか230年前のできごとですが、産業革命は始まったばかりで、飛行機はおろか鉄道さえない時代。電力もガス灯に代わる街灯が現れ始めたばかりで、電信技術はまだ先のことでした。火山爆発による気象変化がヨーロッパ各地に飢饉をもたらしたことなど多くの人が知り得る時代ではなかったので、悲劇はそれぞれローカルなできごととして記録されたのでした。

人口が現在の十分の一、百分の一以下の時代には自然災害や疫病が人間社会に与える影響も相対的に小さく、局地的なできごとで済んだのですが、人口過密な現在ではちょっとした災害が社会に与える影響も幾何級数的に大きくなっています。今回のアイスランド火山噴火の報道や関係機関の対応も一概に過剰反応とは言えないのでしょう。

通信技術の進歩でニュースが瞬時に世界中を駆け巡るのは悪いことではありませんが、気がつくと、かつては局地的なできごととで済んだのが、今や世界のあちこちに激震が走る・・といったことが多くなっていないでしょうか?「大きいことはいいことだ」と規模の拡大・グローバル化に走ったのも時代の流れかも知れません。しかし、支配地域の拡大がリスクの分散につながるかといえば、逆に統治責任の負担がスパイラルで増大する面を軽視したかも知れないといったことがトヨタのリコール問題からの教訓でしょうか?

帝国と同じように企業や組織も拡大化に進みますが、それに伴うリスクの増大は当然あるわけです。それを分散化し(fragmentation)、被害を局地化、分断すること(isolation)で、いわゆる sustainable risk にとどめる努力が常に必要ですが、複雑なM&Aなど拡大路線を走っている時は容易でないのですね。


In the intermediate phase, swiftly developing complexity within the system hides the risk of imminent chaos. But risk is there. The task of an intellectual is to make order out of chaos. (Michael Crichton “The Lost World”)

He was constantly schooling his team in the new art of crisis management. He had pioneered the art of slicing problems into manageable segments and handing each to professionals who worked closely with one another.

It’s better to cry wolf and be wrong than to have your mouth shut.
(Tom Clancy “The Teeth of the Tiger” 2003)

As for risk, no option before us is without risk.
(Daniel Silva “The Secret Servant” 2007)

Ounce of prevention is worth a pound of cure.

Bigger isn’t better:
The collapse of Lehman Brothers and the resulting cardiac arrest of the global financial system revealed that many institutions had become so large, leveraged, and inter-connected that their collapse could have systemic and catastrophic effects. Not only are such firms too big to fail, they’re too big to exist, and too complex to be managed properly. They should be pushed to break up. One way of doing this would be to impose higher “capital-adequacy ratios,” which is a fancy way of saying that these institutions should be forced to hold enough capital relative to all the risks posed by their different units. This requirement would reduce leverage and, by extension, profits.
(Newsweek, May 17, 2010)


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ミステリ・ファン

ミステリ/スリラー小説では1960年代半ば頃までの作品は、プロットの巧みさ、克明な情景・心理描写、シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンに代表されるキャラクターの魅力など、単純に作家のセンスと文章力で読ませるものでした。その最後の代表的作家を二人挙げるとすれば、米国作家ではペリー・メイスン・シリーズのガードナー (Earl Stanley Gardner) 、英国作家では 007 シリーズのイアン・フレミング (Ian Fleming) でしょうか。これらの小説はシンプルで、300ページ程度と現在の半分位でした。軽快なテンポで「読むのが楽しい」読書の醍醐味をおぼえる本が多かったように思います。

これが1970年代になると、複雑な構成で膨大なデータと分析力で読ませる500ページから600ページの大作が中心になってきます。科学、歴史、政治の専門知識を駆使し、もはや探偵小説、スパイ小説といった単純な区分でなく、Techno-thriller, Medical Thriller, Political, Historical mysteries, Action-adventure novels など細かいジャンルで呼ばれるようになりました。フィクションの中に専門的、それも近未来型の最新鋭兵器などを盛り込んだ長編力作の草分けがトム・クランシーですが、80年代以降マイケル・クライトン、クライブ・カスラーなど新ジャンルの旗手が続出してきます。

ジャンルの豊富さは良いのですが、古典的作品の2、3倍以上の長さというのは手にしただけで「読むのが苦痛」といった気がしないでもないのですが、それを補ってあまりあるのが作品にちりばめられた科学的・非科学的データと驚嘆すべき作家の分析力です。最先端科学の量子物理学や専門学者の研究論文まで引用するなど、「読むのが勉強」になる作品が珍しくありません。「医者もの」(medical thriller) が得意なロビン・クックは本物の医者ですし、

マイケル・クライトンも二つ目の大学ハーバードは医学部でしたから「ジュラシック・パーク」の“琥珀に閉じ込められた蚊が吸った血のDNAから絶滅種の恐竜をクローンで復活する”という構想は決して突飛なものでなかったことが知られます。(実現可能かどうかは別として発想・着眼点は科学的です。)

生意気を承知で申し上げれば、科学雑誌「ニュートン」(または National Geographic, 日経サイエンス)程度の知識があれば格段に理解しやすいものが増えていますし、ダン・ブラウン「ダビンチ・コード」のように聖書の知識もあったほうが・・とムツカシクなってきました。原作者が丁寧な Author’s Note を巻末に記してくれないと(めったにありませんが、)翻訳者もきっとたいへんだと思います。

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The Girl with the Dragon Tattoo (by Stieg Larsson)

映画「ミレニアム・ドラゴンタトウの女」の原作。作者はスエーデンのジャーナリストでしたが2004年3冊の連作ミステリ原稿を出版社に持ち込んで間もなく、心臓まひのため50才の若さで亡くなっています。

“The Girl with the Dragon Tattoo” は3連作最初の小説ですが、非常によくできた本格派ミステリです。主人公は作家の分身でもある経済ジャーナリストのミカエル・ブロムクイスト(Mikael Blomkvist) ですが、奇妙なめぐり合わせで彼とコンビを組むセキュリティ会社の契約調査員リズベト・サランダー (Lisbeth Salander) が映画では主役的存在です。

この二人が36年前スエーデン北部の離島で起きた16才の少女失踪事件の解明にかかわりますが、日記に記されていた5人の電話番号に似た数字が、実は旧約聖書レビ記を引用したもので、その名前や頭文字は1949年から1966年までに起こった迷宮殺人事件の女性被害者8人の一部だったことを突きとめたことから、依頼人一族の暗部を巡る思わぬ方向に展開することになります。

鼻ピアスに龍の刺青のサランダーの過去は手に負えない不良少女でした。学校もろくに出ず、暴力沙汰を繰り返しては警察のやっかいになった前歴の反面、彼女は天才的なコンピュータ・ハッカーで驚異的な記憶力 photographic memory の持ち主という異色の調査人です。一方のブロムクイストは離婚歴があり、そして優秀なジャーナリストゆえに陥った不祥事で実刑を宣告されるといった・・社会的失格者の烙印を押された二人が誰も解決できなかった36年から53年も昔にさかのぼる迷宮事件を解明してゆくのですが・・。

この小説が書かれたのは2002年だったことは何カ所かの記述から明白ですが出版は2005年です。作者は自分の作品が映画化されたことはおろか、本が出版され海外用に英訳までされたことも知らずに亡くなったのでした。スエーデン語からの英訳は Reg Keeland によるもので2008年に出ています。翻訳はほぼ完璧なBritish English ですが、ちょっと引っかかるところがあって調べたところ Reg Keeland (本名 Steven T. Murray)はスエーデン系の血をひく米国 人でした。

小説は本格ミステリと申しましたが、それは構成がオーソドックスな「密室殺人事件」(a locked-room mystery) の手法をとっているからで、「密室」の代わりに「離島」を舞台にし、また聞き込みをはじめ50年以上もさかのぼる新聞、写真、出版物をしらみつぶしにあたってゆく手法も正統派です。ただ、そうして拾い上げた膨大なデータをパソコン(2002年1月モデルのiBook)に取り込み、映像処理もPC上でおこない、またサランダーの完璧な記憶力を武器に驚異的なスピードで読み取り、掘り下げてゆくプロセスは斬新で独創的な展開を見せています。

そのサランダーが大活躍するのは小説最後の場面です。ブロムクイストとミレニアム社が一敗地にまみれた宿敵 Wennerstroem と彼の巨大投資会社の悪事を暴くのですが、謎に包まれたWennerstroem が3000以上の口座を世界中に張り巡らせ、麻薬資金のマネーローンダリング、武器密輸取引を始めあらゆる違法資金に手を貸していた事実を天才ハッカーのサランダーが洗い出し、ブロムクイストに膨大なプリントアウトを渡します。さらに Wennerstroem がケイマン島に隠し持っていた個人資産も、16桁の複数コードで厳重にガードされたスイスの銀行を相手に photographic memory とドイツ語、英語を駆使したサランダーがまんまと引き出しに成功しWennerstroem を破滅に追い込んだのですが、ブロムクイストに借りた金で大富豪に変装してといった手の込んだサランダーの活躍がハイライト・シーンなんですが、ちょっと駆け足になったのはやや物足りないというか、もったいない気がしました。

一方ブロムクイストが Wennerstroem 投資会社を告発した影響で株式市場が暴落したと非難が向けられたのに対する、彼のTVインタビューでの切り返しが見事でした。

『スエーデンの経済と株式市場は別です。経済は財貨とサービスの合計で測られるもので、エリクソンの電話、ボルボの車その他日常生活に必要なものは今日も先週と特に変わりありません。株式市場はそうした日常生活や実体経済とは関係ないところで動いています。投機的な幻想を追って何十億もの金が飛び交っていますが、それはスエーデンの経済や現実とは関係のない世界です。』
(抄訳なので正確には下記原文をご参照ください。)

“We’re experiencing the largest single drop in the history of the Swedish Stock Exchange – and you think that’s nonsense?”
“You have to distinguish between two things – the Swedish economy and the Swedish stock market. The Swedish economy is the sum of all the goods and services that are produced in this country every day. There are telephones from Ericsson, cars from Volvo, chickens from Scan, and shipments from Kiruna to Skoevde. That’s the Swedish economy, and it’s just as strong or weak today as it was a week ago.” He paused for effect and took a sip of water.
“ The Stock Exchange is something very different. There’s no economy and no production of goods and services. There are only fantasies in which people from one hour to the next decide that this or that company is worth so many billions, more or less. It doesn’t have a thing to do with reality or with the Swedish economy.”

これは2008年リーマン・ショック/サブプライム・バブル崩壊で世界の金融市場に激動が走った6年前に書かれた小説でした。

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アガサ・クリスティ

洋書の売れ線ペーパーバックス書棚はコンテンポラリ人気作家の作品ときまっており、売り切れると絶版になるのが相場です。再版はごく限られた作家ないし作品で人気作家といえども全作品が揃っているのは少ないのですが、その中で没後30年余のアガサ・クリスティは例外中の例外で全作品のペーバーバック再版が途切れることはありません。

クリスティを最初に読んだのはもう40年以上も前で、たしか"The Murder of Roger Acroyd" (1926) その後何冊読んだでしょうか、50冊は超えていると思いますが。(ポワロ・シリーズはほとんど読みました。)

あまりにも有名作家でその作品についても語りつくされ、目新しいことは何も書けません。昔、通勤電車でペーパーバックを読んだのは、英語の本だと読むスピードが遅いので新聞や週刊誌よりも安上がりだったからです。個々の作品については内容もロクに覚えていないありさまですが、印象として残ったことをひとつだけご紹介します。

独特の風格を持つ主人公エルキュール・ポワロやミス・マープルとはがらりと趣きをかえ、若い探偵カップル Tommy and Tuppence が活躍するシリーズがありました。小説の内容とかプロットよりも明るくアップ・テンポな展開が新鮮でした。時代は違いますが米国のテレビ番組にブルース・ウィルス主演の「こちらブルームーン探偵社(原題Moonlighting)」というアルバイトの探偵カップルが活躍するシリーズがありましたが、クリスティの Tommy and Tuppenceコンビを思い出させるさわやかな印象でした。

"The Secret Adversary”
"Partners in Crime"
"N or M?"
“By the Pricking of My Thumbs”
“Postern of Fate”

調べてみますと、このシリーズは上記5冊しかなく、私は最初の3冊しか読んでいませんでした。上から順に1920年代、30年代、40年代、50年代、そして20年のブランクがあって最後にクリスティ晩年83才の作品 “Postern of Fate” (1973) です。

再版の中から “Postern of Fate” を読みはじめのですが、すぐに・・ちょっとがっかりというか裏切られたような気がしました。というのも、若くピチピチはち切れるようなカップルだったトミーとタペンスがすっかり老人になっています。まあ、シリーズ当初から50年も経った作品ですから、作者は分身でもあるキャラクターを自分同様に年老いた夫婦として描くのもあたりまえですが・・古いファンはつい、つい昔のイメージを追い求めてしまうのですね。 (Tuppence is over seventy, having grey hair and walking with a slight arthritic limp.)

数少ないこのシリーズはクリスティにとって、ごく親しい友人と自宅の居間でくつろいでお茶を飲みながらおしゃべりをしているように、ゆったりとした雰囲気で書いたのかと思わせる自然な筆致の小品です。トミーが引退後に移り住むことになった田舎の古い家で、家具の一部と一緒に買い取った古い本を整理していると下線が引かれた言葉が何個所もあって、それをつなぎあわせると「メリー・ジョーダンは殺された」という言葉が現れて・・・60年以上も遡る第一次世界大戦直前、その家の14才で死んだ少年が残した謎でした。そしてその秘密がトミーとタペンス老夫婦がそれぞれの友人や隣人との会話の中で少しづつ姿を現すのですが、静かな郊外の景色とマッチして一幅の風景画を見ているような作品です。
(追記)
Tommy and Tuppenceには Thomas and Prudence Beresford といういかめしい?本名があるのですが「誰もPrudence とは呼ばない、Tuppenceです」とTommy に言わせています。なおTuppence という言葉の意味をご存知でしょうか? 古い知識が必要ですが・・昔イギリスの通貨がまだ60進法の頃です。ポンド/シリング/ペンスという単位で一番小さい単位がペンスです。ムツカシイのは1ペンスとは言わないのでした。そう、ただの「ペニー」。ペニーの複数形がペンスだったのですね。では1/2ペニーは? 2ペンスは? 3ペンスは? それぞれどう呼ばれていたのでしょう? スペリングはそれぞれペニーないしペンスですが発音が・・すなおじゃあない!

1/2 Penny : Half Penny と書いてヘプニーと発音します。
1 Penny : これはそのままペニー
2 Pence : Two Pence と書きますが発音はタベンスです。
3 Pence : Three Pence と書いて発音はスレプンス。

4ペンスからは文字どおり four pence, five pence で、12ペンスが1シル(shilling)です。そして20シルが1ポンド。それに今はありませんが昔は1ポンド1シルのギニー(Guinea)金貨がありました。

シリーズ初期のどれかに Tuppence が敵に捕らえられて、届いた手紙で名前が Two Pence と綴られていたのでTommyが偽物と見破った・・というシーンがありました。

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天使 (Angels)

「君は天使だ。」(You’re an angel.) といった言葉を日本人は口にしませんが、欧米では親切な女性への感謝の言葉としてごくふつうに使われます。偉大な女性(e.g., ナイチンゲールやマザー・テレサなど)への讃辞 からごく日常的な謝意まで幅広く使われる “angel” 。キリスト教国では中世の昔から神のみ使いとして広く親しまれ庶民生活の中にとけ込んでいるようです。

天使にはおおむね名前はありませんが、聖書に現れる大天使 (Archangel) は別です。有名なのがモンサンミッシェル修道院屋根の尖塔に降り立つ大天使ミカエルの像。それに受胎告知の大天使ガブリエル。この二人の大天使は “Michael, the highest; Gabriel, the mightiest” と呼ばれ、戦国時代ガブリエルは戦いの守護天使でした。もう一人の大天使ラファエルは医師・看護師など医療関係者の守護天使(Raphael with healing powers, the patron saint of medical workers)です。キリスト教ではだいたいこの三人ですが、それより古いユダヤ教には7人くらい大天使がいるそうです。

権威ある大天使とは別に、中世ヨーロッパの市井には病人などに献身的な手をさしのべ続けた修道女など、小さな町の天使がたくさんいました。ケン・フォレットが中世英国庶民の生きざまを描いた歴史大河小説第2弾 “World Without End” (邦題「大聖堂・果てしなき世界」戸田裕之訳)の主人公のひとり修道女キャリスがそのような人物として描かれています。彼女は還俗(renunciation) 後も教会からは独立した病院の責任者(patron)としてペストに蹂躙された14世紀半ばの小さな町で、経験と知識を活かし人々を救い続けます。小説最後のシーンは大聖堂のひときわ高い鐘楼を再建し円錐形の尖塔を作った建築家マーチンが、キャリスを塔の先端まで足場を使って案内している情景です。塔頂の十字架足下には等身大の天使像が置かれ、その傍まで登ってきたキャリスと夫のマーチンの会話で終わるシーンです。

Caris saw that, at the foot of the cross, Merthin had placed a life-size stone angel. The kneeling figure was not gazing up at the cross, but out to the west, over the town. Looking more closely, Caris saw that the angel’s features were not conventional. The small round face was clearly female, and looked vaguely familiar, with neat features and short hair. Then, she realized that the face was her own. She was amazed. “Will they let you do that?” she said.
Merthin nodded. “Half the town thinks you’re an angel already.”
“I’m not, though,” she said.
“No,” he said with the familiar grin that she loved so much. “But you’re the closest they’ve seen.”
The wind blustered suddenly. Caris grabbed Merthin. He held her tightly, standing confidently on spread feet. The gust died away as quickly as it had come, but Merthin and Caris remained locked together, standing there at the top of the world, for a long time afterward.
(Ken Follett “World Without End” 2008)


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